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スプーンで星は掬えない
「カイくん」
「何ですか」
「…いい名前だね?」
甘いと思って口に含めたら、広がる風味はとても苦いものだった。ビターチョコレートをひとかけら、口に放り込んで舌先で転がす。口のなかが酷く熱っぽく感じ、冷えた空気を食べたくなって口を開いたら隣に寝そべる年下の彼の名前を呼んでいた。
「貴女の名前は?」
「教えない」
「嘘ばかり」
きっとこういう部屋には薄暗い照明が似合うのだろう。けれど私たちにはその場の雰囲気を感じようだなんて思いは起きない、これっぽっちも。
なんて。嘘ばっかり。
「喉乾くね」
「チョコレートのせいでしょう」
「ああ、そっか」
嘘ばっかり。私たちはお互いにあえて話を反らす癖がある。貴方が私を吸い付くすからでしょう、だなんて言えたらよかったのに。私も不甲斐無いなぁ。
「やっぱり喉乾くよ」
「乾燥してるんじゃないんですか」
白々しくミネラルウォーターを持ってきてくれる優しさは暗黙の義務と化している。キャップを開けやすくしてくれるような甲斐性など、彼は持ち合わせていないのだ。
そんな彼がすきだった。
彼は私をナナシさんと呼ぶ。
私に名前などいらないのだ。
そもそもこの関係に名前などないのだから。
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