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ただいま、と玄関の明かりのスイッチをおす。
それはパチンと音を響かせて、廊下の先の空間まで明るく照らした。
左手に下げた白いビニール袋をごそごそさせながら足でドアを開け、右肘でリビング、もとい生活スペースの電気をつけた。
「お邪魔しまーす」、今更そんなこといちいち言わなくてもいいのに。こいつは変なとこが律儀だ。
「紅茶でいいか?」
「うん~なんでもいー」
そう言ってぼすんとソファーベッドに身をなげ、その感触を頬で存分に楽しむ彼のために、ビニール袋の中からチョコレート菓子を取り出した。
いつもの光景。
『ヨシキはコウちゃんに甘いぜ、いい加減』
『…知ってる』
『そか』
ならいいわ、そう言って別れた昼間の食堂前。あいつも大概こりねぇよな、まぁ自分程じゃないが。いつも苦言ばかり呈してくる親友のことを思い出した。
「ヨシキはさ」
「ああ」
「なんでここにしたの」
「うん?」
マンション、そうおぼつかない口調で呟いたそいつは細い指でベランダの窓を開ける。カララ、夜景がそいつの周りいっぱいに広がった。
実家が金持ちと騒がれることを当たり前としていたが、少し離れてみたくなった、それだけだ。
それでも都内の築浅の白いマンション、妥協してこの立地だ。自分としてはボロいアパートなるものも経験してみたいと感じてはいたが、如何せん大学の近くという条件は譲れず防犯はなっているところがいい。コウタがうるさいのでコンビニの近く、絞られたのがこの場所だ。
都会の夜景が綺麗だ。4階、ビル風も程よく心地よい。
「ねぇヨシキ」
「なんだ」
「ヨシキはずっとここに住むの?」
そんな訳ねぇだろ、そういいかけて口をつぐんだ。
そうだったらいいのに、だなんて、
「おれさ、かえるよ」
いきなり何を言いだすのかこいつは。来ていきなり、まだ菓子も一口しかかじっていないというのに。
「何かさ、ここにいると、逆になんかさ。寂しいっていうかさ」
夜の夜景ってなんか寂しいよね。
お前それ日本語なってねえぞ。
あははそうだね。
それだけ言って、あいつは帰った。帰ったと言っても、隣のアパートにだが。だから遠く離れたという実感は湧かない、湧かないが、
「ここにいると寂しい、って何だよ」
広い部屋にひとりきり、開け放たれた夜空に向かってひとりごちた。
これで熱帯魚でも飼っていたら笑える、もっと孤独感が募りそうで。
ふと、ズボンの後ろポケットが振動した。
ポケットから白いケータイを取り出せば、さっきまでここに温もりを残していたあいつからだった。
件名 なし
本文
ヨシキって、そこいるとラプンツェルみたいだね
それだけが記されたメールに眉をしかめる。あいつは何を思ってたったこれだけの内容を送り付けてきたのだろうか、しかもそれにわざわざ帰ってからすぐ。
件名 おやすみ
本文
意味わかんねぇよ
明日も早いんだろ
早く寝ろ
うがい忘れんじゃねぇぞ
おやすみ、だなんてただの強がりだ。
何だよラプンツェルって、あいつは昔から突拍子もない。
開け放たれた窓をしめ、カーテンで広がる夜景を閉め出すと、手の中のケータイがまた点滅した。
ああ、明日もまた彼と会うのか、その事が小さな幸せと思えるのなら、こんなくだらない短いメールでも自分はきっと嬉しいのだろう。
見えない明日をミルクティーの湯気でくゆらせながら、メールの画面をもう一度みた。
件名 Re:おやすみ
本文
うん
おやすみ
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