side伊織

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side伊織

 あるわけないんだ、運命なんて。  僕は必死にその運命から、追いかけてくるあいつから逃げるために全力で足を動かす。  初めて見た時から、知っていた。だから会わないように避けていたのに。どうして今日に限って道に迷って、誘われるようにあいつのテリトリーであるバラ園になんて行ってしまったんだろう。知らなかったとはいえ、どうしてバラ園に漂う香りがあいつのものだと気づかなかったんだろう。出会ってしまえば、もう逃げられないのに。  でも、逃げたかった。出会いたくなんてなかった。  運命のアルファになんて。僕の番になんて。  そんなのまやかしだって。信じないようにしていたのに。  頭でごちゃごちゃと考えながら逃げているうちに、追いかけてきたあいつに僕の腕は掴まれてしまった。  僕と比べものにならないほどの、筋肉のある逞しい腕。日差しより熱を持った体温。僕の心も身体も思考も、すべて奪っていく、バラのように甘い香り。  彼が運命だという証を改めて感じた瞬間、僕は簡単に彼の腕の中に抱きしめられてしまった。 「やっと……、捕まえた。俺の運命」  そう耳元で囁かれてしまえば、もう逃げられない。  僕はもう……、彼を、獅子堂司のことを知ってしまったから。
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