お義父さん、襲来。

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 宇佐美製菓は、北関東を拠点としている企業だ。  本社も工場も、彼女の実家である栃木県に構えている。  東京にも支社はあるものの、あくまで地元で経営することにこだわり、だからこそ地域の顧客に根強く支持されているのだ。 「いやー、久しぶりに来たらだいぶ様子が変わったねえ」 「そうですね。最近この辺は複合施設が新しく作られたので、以前よりも若者の観光客が増えたと思います」  浅草の街並みを眺めながら、彼女の父、泰蔵さんと当たり障りのない会話を続ける。  翔子はいまだに気まずそうにしていて、彼の後ろを黙って歩いていた。  しかし、浅草なんてベタすぎただろうか。  突然の無茶振りに、正解をじっくり考えている余裕もなかった。  これで営業部長だったのだから情けない。  ……それにしても。 「藤森くん!写真撮ろう!」  雷門の前で自撮り棒を手に俺の肩に腕を回す泰蔵さん。  何故こんなにフレンドリーなのか。 「ほら、翔子も!」  三人で写真を撮りながら、まだ掴みきれない彼の思惑に内心やきもきしているのだった。  ……何かとてつもない裏がありそうで。 「お!雷おこし」  浅草寺のお参りが済んだ後、泰蔵さんは通りにある土産屋を一つ一つ丁寧に見ていく。  その目は一観光客の呑気なものとは違い、熱心に何かを吸収しようとする学生のようにも、創作のアイディアを探している芸術家のようにも見えた。  不思議なのは、見下ろすような、威厳と傲慢に満ちた社長の目ではなかったことだ。  清らかで、しかしこちらが圧倒されてしまうほどの鋭い眼光を持つ翔子の瞳は、父親譲りのものなのだとわかった。 「新商品のフルーツ雷おこしです。本物の果汁を使ったフレーバーの雷おこしですよ」  目を輝かせながら店員の説明を受け、試食を始める彼を見て、翔子は俺に「ごめんなさい」と苦笑した。  首を横に振り、俺も彼の隣で試食の仲間に加わる。 「藤森くん、これ美味いよ。初めて食べる味だ」 「ホントだ。果実の香りと酸味が意外と雷おこしに合いますね」  俺の返答に満足げに微笑むと、彼は店員に「全種類下さい」と威勢良く頼んだ。  呆気にとられる翔子はすっかり娘の顔になっていて、なんだかそれが新鮮で思わず顔が綻ぶ。 「いやー、ありがとう。今日は勉強になった!」  嬉しそうに、無邪気に笑う泰蔵さんは本当に翔子にそっくりで、笑ってしまいそうになるのを堪えた。 「あの。もう三軒ほど、新商品を発売した店がこの先にありますよ」 「ホントかい!?」 「ええ、さっきざっと調べたら出てきました。もしよろしければ、今話題になっている煎餅屋にもご案内します」 「是非とも宜しく頼むよ!」  やっぱりそっくりだ。  仕事に対してどこまでも真摯で、勉強家で、驕りなんてひとかけらもなくひた向きで。 「お荷物お持ちします」  協力したくて、巻き込まれたくてたまらなくなる。 「ありがとう」  泰蔵さんと俺がひたすら菓子を食う中、翔子は呆れながらも、どこか嬉しそうにして目を細めていた。  
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