お義父さん、襲来。

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「翔子からもう聞いているだろう?すまないね、藤森くん。翔子に良い想い出を与えてくれてありがとう。父親として、とても感謝しているよ」  なんだよそれ。  そんな、一時の、遊びみたいな言い方。  泰蔵さんを睨み付けると、彼は申し訳なさそうに眼差しを曇らせるので、途端に怒りのぶつけどころを失ってしまう。 「君が翔子のことを大切に想ってくれているのは、今日一日でしっかり伝わった。だからこそ、君には誠実に伝えておかなくてはならない。翔子は二年後、結婚して宇佐美製菓(うち)を継いでもらう」 「……それで、翔子さんは本当に幸せなんでしょうか?」  畏れ多いと承知で、言わずにはいられなかった。  彼はますます眉を下げる。 「……すいません、生意気に」 「いや、いいんだよ。……ありがとう。そうだね、僕も、それを考えると辛い。翔子は僕にとって大切な一人娘だし、誰よりも幸せになって欲しい。だけどね、僕は彼女の父であると同時に、先代の息子でもある。“あくまで宇佐美家として宇佐美製菓を続けていきたい”という意志を継承していく義務がある」  愛情深い父の眼差しから一転、厳しさを含む経営者の顔を覗かせる。  それはこちらが怯むくらいに冷たく凛としたもので、とてつもない気概を感じた。 「会社を引き継いだ時から覚悟していたことさ。酷い父親だと言われても仕方ないし、言い訳もしない。僕は娘より会社を優先する。その業を一生背負っていく。それがひとつの会社を守っていくってことだと思う」  思い切り太い線を引かれた気分だった。 「君は若いし有望な男だ。これからいくらだって素敵な伴侶と出会えると思うよ」  “お前には到底理解出来ないだろう”  “役に立たないだろう”  “その覚悟がないだろう”  奥歯をぐっと噛み締めながら、掘り炬燵の中で手を握る。 「僕も翔子の仕事にかける情熱はかってるんだ。だからこの際結婚してもしばらくは、今の仕事を続けて良いんじゃないかと思ってる。ただ、結婚はしてもらう。ここだけの話、近いうちにある製菓メーカーとの吸収合併が決まってるんだ。……そこのご子息と縁談が決まりつつある」  ……マジかよ。 「それ、翔子さんは」 「もちろん了承済みだ」  再び打ちひしがれる心に構ってる余裕なんてなかった。 「……わかりました」 「すまないね。わかってくれてありが」 「じゃあ二年後までに、婚約者としての資質を備えることができれば良いってことですよね?」 「藤森くん!?」  心にぽっかり穴が空くどころか、ぎゅうぎゅうに詰まり凝固していく。  俺だって、執念深いとか、諦めが悪い男だとか、必死になって情けないと言われても仕方ないし、言い訳もしない。  翔子との未来に一生をかける覚悟ができている。 「必ず“お父さん”に認めてもらえる男になります」  真っ直ぐに見据えはっきり言い切ると、唖然としていた泰蔵さんの目がくしゃっと笑った。 「……翔子は本当に良い男を見つけたな」  差し出された手を力強く握り、再び確信する。  やっぱり翔子が好きだ。絶対に引き下がれないし、誰にも渡したくない。  そして、……この人と一緒に仕事をしてみたい。  それなのに。 「……だがそれを、翔子が望むだろうか」  泰蔵さんが悲しげに眉をひそめるのと同時に、拍子抜けするくらいいつも通りの翔子が戻ってきた。 「すみません、結構混んでました」 「おー、翔子。そういえば、言いそびれてたことがあるんだ」  今までの話がなかったかのように、彼は何食わぬ顔で屈託なく笑った。 「なんですか?」  きょとんとする翔子と、嫌な予感しかしない俺。 「来週、婚約者の方に会ってもらうから」  
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