俺を選んでくれないんですか?

3/15
前へ
/95ページ
次へ
 泰蔵さんの言いつけに従い、翔子は婚約者という男と会うことに決めた。  それは俺もなんとなく覚悟はしていた。  こうなることは初めから決まっていたことだし、何よりも彼女は絶対に約束を破らない。  けど、もちろん平気なわけではなかった。  ……だからこうして偵察に来てしまったわけで。  都内ホテルのラウンジ。  全く不相応な、フードつきのグレーのパーカーにニットキャップという俺。  ものわかりの良い余裕ある大人の男を演じて、快く翔子を送ってしまったから、ここに来ていることがバレるわけにはいかなかった。  少し離れた席で向かい合って、ティーカップに口をつける二人は余所余所しく、遠くからでも緊張感が伝わった。  ……しかし、ムカつく。非常にムカつく。  翔子は、心からの笑顔は見せていないものの、ビシネスライクな微笑みは浮かべている。  そして何より、……めちゃくちゃ可愛らしい格好をしている。  父親から言われたのならば仕方ない。  頭ではわかっているが、それにしてもあの黒レースのワンピースはあまりにも可愛すぎやしないか。  愛らしい彼女の姿が、他の男の目に触れてしまうなんて。  この時点で既に腸が煮えくりかえっていて、わなわなと震えだす。 「お、お客様……」 「コーヒーのおかわり下さい。あとアフタヌーンティーセットも!」 「かしこまりました」  しかし、相手の男というのがまた、くそ、まあまあ見た目イケてんじゃねえか。  いかにも女性が好みそうな、中性的な顔立ち。  頭のてっぺんから爪先まで、整えられたおぼっちゃんという感じがいけすかないが、洗練されて品があるのは認めよう。  俺にはない、本物の余裕と包容力が醸し出された笑顔に、胸焼けがしてきた。 「お待たせしました。アフタヌーンティーセットです」 「……どうも」  ……食えるんだろうか。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1623人が本棚に入れています
本棚に追加