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泰蔵さんの言いつけに従い、翔子は婚約者という男と会うことに決めた。
それは俺もなんとなく覚悟はしていた。
こうなることは初めから決まっていたことだし、何よりも彼女は絶対に約束を破らない。
けど、もちろん平気なわけではなかった。
……だからこうして偵察に来てしまったわけで。
都内ホテルのラウンジ。
全く不相応な、フードつきのグレーのパーカーにニットキャップという俺。
ものわかりの良い余裕ある大人の男を演じて、快く翔子を送ってしまったから、ここに来ていることがバレるわけにはいかなかった。
少し離れた席で向かい合って、ティーカップに口をつける二人は余所余所しく、遠くからでも緊張感が伝わった。
……しかし、ムカつく。非常にムカつく。
翔子は、心からの笑顔は見せていないものの、ビシネスライクな微笑みは浮かべている。
そして何より、……めちゃくちゃ可愛らしい格好をしている。
父親から言われたのならば仕方ない。
頭ではわかっているが、それにしてもあの黒レースのワンピースはあまりにも可愛すぎやしないか。
愛らしい彼女の姿が、他の男の目に触れてしまうなんて。
この時点で既に腸が煮えくりかえっていて、わなわなと震えだす。
「お、お客様……」
「コーヒーのおかわり下さい。あとアフタヌーンティーセットも!」
「かしこまりました」
しかし、相手の男というのがまた、くそ、まあまあ見た目イケてんじゃねえか。
いかにも女性が好みそうな、中性的な顔立ち。
頭のてっぺんから爪先まで、整えられたおぼっちゃんという感じがいけすかないが、洗練されて品があるのは認めよう。
俺にはない、本物の余裕と包容力が醸し出された笑顔に、胸焼けがしてきた。
「お待たせしました。アフタヌーンティーセットです」
「……どうも」
……食えるんだろうか。
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