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「申し訳ありません!大丈夫ですか!?」
慌てた様子でしゃがみ、俺の顔を覗きこんだ瞬間、翔子は心底驚いた表情で固まった。
「透矢!?」
ああ、ホント格好悪い。
不甲斐なくて情けなくて、ますます自分が惨めに思えた。
「あれ?翔子さん、そちらの方は……」
起き上がり間近で見る松永という男は、遠目で見ていた時よりも容姿端麗に見え、パーカーの自分と見比べられるのが悔しい。
こんなんじゃ、余計言えないよな。
……俺の彼女に手え出すな、なんて。
「……彼は私の大切な人です」
翔子の静かな、だけど芯の通った声が響き、俺は目を見開いた。
「申し訳ありません、松永さん。私、彼と真剣に交際をしているので」
そんなことを言ったら泰蔵さんに叱られるんじゃないか。
約束を破ってしまうことになるんじゃないか。
「翔子……」
それでも、そのいつもとは真逆の行動をとる彼女が心底愛しかった。
ふいに目が合うと、翔子は真っ赤になって慌てて視線をそらす。
「そうですか。わかりました」
松永はさして気にもとめていない様子で、にっこりと微笑む。
「とてもお似合いですね」
これが婚約者の余裕ってやつか。
もう少し遊ばせてやるから、最後は俺のところに戻ってこい、とでも言うような。
「じゃあ、僕も翔子さんに振り向いてもらえるようにこれから頑張りますね」
そう言って、松永は翔子の手をとり、そっと甲に口づけするのだった。
「また会えるのを楽しみにしています」
「な……」
猛烈な怒りが込み上げて、固まっている翔子の肩を抱き松永を睨み付ける。
「では、今日はこれで失礼します。僕はちょっと知人に挨拶してきますね」
最後まで顔色ひとつ変えずに、彼はフロントへと向かった。
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