俺を選んでくれないんですか?

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「透矢、なんでここに……」  少し気まずそうに俺を見る翔子は、いつもの出勤時のバイタリティー溢れる姿とは違い、まさに社長令嬢のような気品と、それでもどこか危なっかしい可憐さを漂わせていて。  このままふわふわと遠くに行ってしまいそうな気がして怖かった。 「透矢……?」  気づいたら彼女の手を強く握り、松永が去った後のフロントへ直行する。 「今から一部屋お願いできますか?」  俺の言葉に絶句する翔子。  もう形振り構っている余裕もなかった。  すぐに鍵を受けとると、彼女の手を引いてエレベーターに乗り込む。 「ちょっと……透矢、なんで」  明らかに困惑した声色。そりゃそうだよな。  俺だってなんでと聞かれると適切な返答ができない。  しいて言うなら、今翔子にまとわりついているアイツの空気と、手の甲の“汚れ”を払拭したいというのが本音だ。  お互い黙ったままのエレベーター内。壁には、ホテルに併設されたチャペルの案内が貼られていた。  瞬時に思い浮かぶ、彼女のウエディングドレス姿。  きっと純白のドレスも美しいだろうな。  だけど隣で微笑むのは俺じゃない。  さっきの松永という男だ。  咄嗟にそんな想像しかできない自分がますます腹立たしくて、翔子の手を握る力が強まってしまう。  早く。早く。  俺は何にこんなに焦っているんだろう。  みっともなくて、歯がゆくて、翔子の顔を見れないでいた。 「透矢!?」  ルームキーを開けて強引に彼女を中へ導くと、手を繋いだまま洗面所に向かった。  よく磨かれた鏡に映ったのは、紅潮した美しい彼女と、情けないほど必死な俺だった。 「手、洗ってもいい?」  返事をもらう前に、彼女の右手を両手で包むと、ハンドソープで丁寧に擦った。  もちろんさっき奴が触れた手の甲を念入りに撫でる。  鏡越しの彼女は真っ赤になりながら、俺が洗う自身の手を見つめていた。  その姿は妙に艶かしい。  泡が排水溝に流れていくうちに、ようやく血が上った頭も落ち着いてくる。  そっとタオルで優しく拭き取った後、その美しい手を握りため息をついた。 「あー、焦った」  心から出た本音だった。  思わずさっきの奴のように、彼女の手の甲に自分の唇を当てる。 「これでよし」  安堵してそう呟いた瞬間、唐突に我に返る。  俺に手を掴まれた翔子は、更に真っ赤になって硬直していた。  
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