俺を選んでくれないんですか?

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「私……怖くなりました」  少し仮眠して、どちらともなく目覚めるとまだ夜更け前だった。  翔子はゆっくりとペットボトルのミネラルウォーターを飲んだ後、気まずそうに目を伏せた。 「怖い?」  もしかして俺のこと?重すぎた?  乱暴に抱きすぎてしまっただろうかと、内心ヒヤヒヤしていた。 「さっき松永さんとお会いした時、やっと、事の重大さを思い知ったというか。結婚に対する現実味が増してきて。すごく……すごく怖くなりました」  俯いてペットボトルを見つめる翔子の肩は儚げで、たまらずにそっと抱き寄せる。 「おかしいですね。今までそんなこと思わなかったのに。……ただ好きな仕事さえできれば幸せだって、思ってたのに」  翔子の綺麗な手が俺の手に触れ、俺も握り返す。  彼女は嬉しそうに、少し苦しそうに微笑んだ。 「今はあなたと一緒にいることが何よりも幸せで。……こうして触れるのも、透矢だけがいいんです」  ……ヤバイな。威力凄すぎやしないか。  翔子は今まで仕事一筋だったから、こういうことに疎かっただけで、元来素直で純粋な人だ。  その熱中する対象が俺になったとしたら、とんでもない愛情表現をしてくれるんじゃないか。  そう気づいたらもうにやける顔を抑えることができなかった。 「……どうしたんですか?」 「いや、なんでも」  片手で顔を覆って何とかだらしない表情を隠した。  翔子は、気を取り直して、というふうに話を続ける。 「……もう一度、父に頼んでみようと思います」 「泰蔵さんに?」  それって、俺を婚約者として…… 「私が宇佐美製菓を継ぎます」 「翔子!?」  予想外の言葉に固まる。  宇佐美製菓を翔子が継ぐということは、つまり 「私自身が跡取りになれば、松永さんと結婚する必要もありません。そうしたら、これからもずっと透矢と一緒に……」  彼女の意図していることを理解し、正直言って結構傷ついた。  再び襲う焦燥感と不甲斐なさ。 「翔子……俺って、そんなに頼りないかな?」  眉をひそめて恨めしく見つめると、彼女は面食らっているようだった。 「俺が婚約者として宇佐美製菓を引き継ぐって選択肢はないの?」  力不足だということは百も承知だ。  だけど望みが全くないとも言いきれない。  これから死に物狂いでその資質を備えてみせる。  あなたの夢も恋も、きっと守るから。 「翔子、文房具が好きなんだろ?」  俺の言葉に口ごもる翔子。 「ずっと好きな仕事続けて欲しいから」  だって俺、仕事に熱中してる翔子に惚れたんだし。 「でも、それじゃあ透矢は」 「大丈夫だよ。俺、仕事は好きだけど職種は拘りないんだ。どこででもそれなりに楽しめると思う」  正直言って大手製菓会社の社長になれる器があるかどうかは自信ないけど。  それでも一筋の希望に懸けたい。  懸ける覚悟はできている。 「それに、俺が人生で唯一熱中できるのは、翔子のことだけだから」  真顔でそうはっきり伝えた途端、瞬く間に翔子は爆発する。  真っ赤になった彼女を再びベッドに寝かせて、優しく髪を撫でた。 「ってことで、もう一回したいな」  半分冗談、いや8割本気で囁く。  翔子は呆れたように微笑んだ。  本当に、二人でいると時間がいくらあっても足りない。  険しい道のりすら、尊くなる程に。  
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