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____「お前、今日で二日目だろ?めちゃくちゃ仕事早いな」
「ありがとうございます」
隣で作業している先輩に頭を下げ、また黙々と目の前の甘い香りに向き合う。
焼き上がったクッキーに傷や割れ、異物がないかチェックして決められた個数に分けていく。
ベルトコンベアの速度に負けないように作業するのは、初めのうちは大変だったが、慣れるとリズムに乗るのが楽しい。
今週から始めた、深夜のアルバイト。もちろん会社にも、翔子にも内緒だ。
少しでも製造業について学びたいと思った結論がこれだった。
結局、急がばまわれが一番効率が良いことは、営業時代、翔子に教わったこと。
本当は、宇佐美製菓で働くのがベストだが、流石に泰蔵さんが許すわけがないだろうと、行き着いた先が……。
「おい、松永事業部長がお見えだぞ」
周囲がざわつき始めたので、俺もチラリと遠くにいる“ヤツ”を一瞥する。
ああ、二度と見たくなかった相手だ。
何故、よりによってマツナガしか雇ってくれないんだよ。
「しかしさー、あの人も熱心だよな」
先輩は作業そっちのけで感嘆の声を上げた。
ちゃんとやれよ、俺の仕事増えんだろうが。と思いながらも、黙ってクッキーを凝視し続ける俺。
「ああやって、昼夜問わず工場に顔出してくれるんだぜ。忙しい時は俺らと同じ作業着着て手伝ってくれたり。次期社長のお坊ちゃんなのに、偉いよな」
なるほど。社員達からは慕われる人柄ってわけだ。
……そんなんどうでもいいけど。
無性にむしゃくしゃしてきて、作業のペースを早めた。
「お前やっぱ早いな」
「うっす」
早く全工程を学んで、マシンの管理なんかも経験しないと。
ああ、時間がいくらあっても足りない。
「お疲れ様。皆、休憩室に差し入れ置いてあるから食べてね」
どこまでもまったりとしたムカつく声が聞こえると共に、周りから歓声が沸いた。
「松永さん、今日の差し入れなんすか!?」
「◯◯堂のカツサンドだよ」
落ち着いた柔らかい物腰、涼しい笑顔、育ちの良さそうな声色。
何もかもが癪に障る。
この間乱入した時、名乗ったわけでもないから大丈夫だとは思うけど、顔合わせちまってるしな。
バレないように下を向いて、作業に集中する振りをした。
「ああ、藤森くん……だっけ?新人の」
びくりと肩を弾ませる。
「ちょっと話があるから、来てくれない?工場全体の案内もしたいし」
なんで次期社長の事業本部長が直々にバイトの案内するんだよ。
「……わかりました」
嫌な予感がしながら、腹を括って松永を見据えた。
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