せきがえ前夜

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 別に俺は勉強が大好きとか真面目とかいう訳ではない。自分で言うのもなんだが、少し前まではのほほんとした純真無垢な少年だった。  あれは1年と少し前、4歳上の姉が地方の大学進学のため、家を出る前の日だった。 「浩太郎(こうたろう)」 姉は俺の部屋に来て、ベッドにドカッと座った。 「姉ちゃん、からだに気をつけてね」 純真無垢だった中2の俺は、もう姉に殴られることもないという安堵から、笑顔で明日出て行く姉を気遣った。 「ありがとう。ねえ、あんたに言っとくけどさ、うちの親」 「なあに」 「遅くまで勉強しないで早く寝なさい、って言うでしょ」 「うん」 「そんなに無理するなって言うでしょ」 「うん」 「あれ、ウソだから。言葉通りに受け取っちゃダメだからね」  姉は地域の進学校に通い、そこそこに勉強し、部活も掛け持ちし、複数の彼氏を家に連れてきた。高校生活をエンジョイしたタイプだと思う。その結果なのか、第一志望の都内の大学には合格しなかった。 「お母さんたち、私のことなんて言ってると思う? 陰でボロクソ」 「そうなの?」 姉は肩をすくめた。 「試してるんだよ。子どもに都合のいいこと言って、うのみにするか自主的にやるかって。結果が悪けりゃコイツはバカだって見捨てるの。良い親みたいに振るまってるけど、自分を正当化してるだけで、実際違うから」 そして姉は俺を見て、悪い顔で笑った。 「ああ、あんたはかわいがられてるもんね。出来の悪い子ほどかわいい、の典型じゃない? ママにとっては」 俺は身震いした。 「ひどいよ、姉ちゃん」 姉は悪い顔のまま立ち上がって、俺を威圧的に見下ろした。 「ちなみに、何でも好きなことして生きていけって言うでしょ。あれも違うから」 姉はひらひらと手を振って部屋を出て行った。
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