0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
孤独にも沢山の種類があるんだと思う。
大勢の雑踏に包まれながら感じる焦燥感を懐かしく思った。あんなに沢山の声の中で何で1人を感じる時があるのかなぁ。
とりあえず今は朝起きたらまず目に入る天井の白を何とかしたいと思った。相変わらず外は快晴である。ここのところ暫く湿気を肌に感じていない。今日は、とカレンダーに目を走らせて水曜日であることを知る。
丁度朝の7時だった。
昼食にうどんが出た。いつもは一汁三菜ばかり並ぶ折り畳み式の白い机を膝の上に広げて、そういえば昨日食堂を通った時にうどんの匂いを腹に残した事を思い出した。京風の白出汁は舌に懐かしかった。
世の中偶然って必然だなとか考えたけど今の自分の状態を頭にちらつかせたらそんなことどうでも良くなって、何だか窓の外に広がる青を疎ましく思った。馬鹿馬鹿しい、自分は白い部屋に籠の鳥だというのに。蓮華を床に叩きつけ、カレンダーを乱暴に伏せた。
伏せたところで日は相変わらず毎日を跨ぐ事くらい承知の上でである。
駆け抜ける速度が速いと時に念じたが相変わらず時計の秒針の速度は一定だった。
血圧を測りに来た看護婦は床に落ちている蓮華を一瞥してから無言になって、俺は何だか酷くありていな気持ちになった。血圧に異常はなかった。当たり前だ。
夕方、窓が茜色の侵入を許すと同時に高津と下川が来た。下川は「うどんの臭いすんだけど」と行って当たり障りのない話をして先に帰ってしまった。きっと下川家の今晩の食卓にはうどんが並ぶのだろう。
「麺類は消化早いのにね」
「?、何が?」
「ふふ、残念だったねぇ」
「吉野、どうした」
「なんでもないよ。ねぇ高津」
高津は俺の顔を覗き込んでから大きく息を吐き、何だと言うかわりに瞬きを二回した。
「俺がしんだらさ、とりあえず今までどおり、お前に部活は任せるけどさ、お前が部長って何かカズキとか凄い泣きそうだよね、泣きそうで思い出したんだけどさ、もしお葬式で部員達みんなこれたらさ、下川とか絶対泣くと思うんだよね。カズキには俺のユニフォームあげていいよ、何か継承みたいでかっこいいよね。でも何か淋しいからさ、じゃあさ、お前のその帽子頂戴。棺に一緒に入れてよね一緒に持っていくからさ、でもわざわざ被りたくはないな、まぁ脇の下らへんにでも置いておいてよ。それでさ、」
「吉野、」
ゴツゴツしてて、あったかい手が俺の頭にぽんと置かれた。
上を見れば、眉をひそめた高津が滲んで見えた。
「たかつ、そのかおすごいおっさんっぽい」
「吉野」
「そんな事を、望んでいる訳ないだろ、お前は」
「もしもの話だろ」
「お前は、俺達の輪の一部だ、お前が欠けることはない、そうだろ」
「なんのはなししてるの」
「お前のはなしだ。…よしの、」
「1人にして、ごめんな」
別に気にしてないよと泳がせた視線の先にはすっかり群青色に染まってた窓枠が見えて、冬の乾燥した風が肌を纏うような感覚をふと皮膚が思い出して、身震いをしたら、高津がカーディガンを肩にかけてくれて、酷く同情的だなってムカついたけど、あったかくなったからまぁいいやとか思ってみた。酷く鼓動が忙しない。
『吉野、お前の帰りを待つっていつも言っているけど、本当は俺はそんなことは言いたくない』
『いや、言いたくないと言うのは語弊があるな、別にそういう訳じゃなくて、上手く言えない』
『まるで吉野が出かけているみたいだろ』
『さっきも言った通りお前が欠けることはない』
『帰りを待つんじゃなくて、隣席が埋まるのを待っている感覚なんだ、似たような言い回しだけど』
何だか一杯言葉が降ってきた気がするけれどきっと気のせいだ。
だって、窓に映る高津の唇は一向に動かなかったように見えたよ。気のせいにしては結構はっきりしてたけど。
「ねぇ高津」
「…なんだ」
「偶然って、必然だよね?」
「…何の話だ」
「例えばさ、ほら、ここの天井白いじゃん」
「ああ」
「嫌なんだよね」
「仕方ないだろ」
「まぁね。だから何が必然なんだろうとかね、ここ偶然にも病院だし何で天井白いんだろうね」
「…何も考えなくて、いいからじゃないのか」
「…白?だと?」
「ただ、白いだけだろ。それ以外頭は何も捉えない。目覚めて直ぐに白い天井を視界に入れれば、一旦思考がリセットされるんじゃないか」
「…高津、どうしちゃったの」
今日お喋りだね。
「…いや、何となく」
今日は朝から何かそのことばかり考えてしまっていて、と高津がモゴモゴ言うのと同時に、時計が午後7時になって、ああもう朝から12時間経っちゃった!と時計に悪態をつきたくなった。
「高津」
「なんだ」
「偶然って、必然だね」
俺もおんなじ結論を思っていたよ。
最初のコメントを投稿しよう!