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とある日の夜。それは、新宿の片隅。
そこには、いつもなら明るい光を灯して、客の賑やかな声が漏れてくる一軒の飲み屋。しかし、今、その店の営業中を示す置き看板は、暗いままで、軒先ののれんも掛かっていないし、商い中の札も準備中のままだ。
その店の前に、一組の男女が立っていた。
「ここだよ、お兄ちゃん。」
どうやら、ふたりは兄妹のようだ。
お兄ちゃんと呼ばれた男性は、ツンとした態度で言った。
「会いたきゃ、お前だけ行けよ。俺は、お前が心配だから一緒に来ただけなんだからな。」
「…素直じゃないね、お兄ちゃんは。いいよ。私だけ入るね。」
表は、確かに暗いが、中の電気は点いている。早々に閉店したのか、はたまた、まだ準備中なのか、それは、わからないが、とにかく突撃だ。
女性は、思いきって引き戸に手を掛けた。カラカラと小気味良い音と共に、戸が開いた。
「すみません、こんばんわ。」
「あっ、はい。こんばんわ。」
「こちら、新城拓也さんのお店ですよね?」
「そうですけど、どなたですか?」
カウンターの中から、シャツを腕まくりした、自分達よりもう少し歳上の男性が、こちらを見ている。
「私、新城珠美と言います。あのう、父は、新城拓也は、いますか?」
ぺこりと頭を下げて、珠美は、自己紹介をした。
「えっ?拓也さんの子供?!」
カウンターの中の男性は、驚いた顔をして、お辞儀をしている珠美と面倒臭さそうにその後ろに立っている男性を、まじまじと見ていた。
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