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ジャージの授与式が始まり、龍太の同級生が次々と呼ばれて前へ出ていった。みんな緊張と歓喜の入り混じった顔で、監督の激励とともにジャージを受け取る。
龍太はどこか覚めた気持ちでそれを見守っていた。自分の名が呼ばれる可能性はゼロなのだ。
去年までは、みんなに頼りにされるフルバックだった。
今年の春、選抜大会の予選で、膝の前十字靭帯を損傷するケガを負った。担当の医師に、完治まで半年はかかると宣告された。その時点で今年の活躍はもう夢と消えたのだ。
夏のあいだは、治療とリハビリのためせっせと通院した。秋になって、やっとグラウンドへ戻ってくることができた。しかし、みんなと走ることは許されず、片隅で上半身を鍛える専用メニューをこなすだけだった。余った時間は、マネージャーたちに混じってチームのために雑用もした。
グラウンドに響く仲間の声を聞きながら、鉄棒にくくりつけたゴムチューブを腕に通して引っ張っていると、監督が芝生を踏みしめて龍太のほうへにやってくる。
「今日はどうだ?」
細かく膝の調子を確認する。毎回だ。
「そんな突然よくなったりしませんよ」
少しあきれた口調で龍太が返すと、監督は太い眉を下げて、恥ずかしそうにあごを指でかいた。
「うん、わかってる。でも、お前には期待するんだよなあ。奇跡が起こらないかなって」
奇跡――。
ある朝、奇跡が起きる。右膝は痛みもハリもなく、昨年と同じように走れるようになっている。龍太は部活の時間が待ちきれず、歓喜の叫び声をあげながら朝露で濡れたグラウンドを駆けていく。
そんな妄想を何度思い描いただろう。現実の右膝には、まだサポーターが付いたままだ。
龍太はちょっとだけそんな自分が憐れになって、喉が詰まったような感じがした。
監督は黙ったまま、龍太の使うゴムチューブを調整してくれている。
現実はままならない。
それでも奇跡を期待しているのは、自分だけじゃない。まだ叶わないと知りながら、自分の復帰を心待ちにしてくれる人がいる。
それは龍太の心の支えになった。
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