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執務室のドアの小窓から、明かりが漏れていた。近づくと、パソコンのキーを叩く音が聞こえた。監督はまだなにか作業をしているようだ。明日の試合相手の分析をぎりぎりまでやっているのかもしれない。
大島がノックをして「お話があります」と声をかけた。
山端監督がドアを開けた。龍太たちを見て太い眉を上げる。
「え、君たち、帰ってなかったのか」
「あの、赤井のお父さんが持ってきた小切手のことでちょっと……監督におききしたいことがあります」
大島が、少しだけ震える声で口火を切った。
戸惑いの表情をうかべていた監督の顔が一瞬こわばり、やがてふっと脱力して、覚悟を決めたように一度深く息をついた。
「……わかった。じゃあ、今作業中だから、ちょっとだけそこで待っててくれ」
龍太たちがドアの外で待つ間、監督は携帯でどこかへ電話をかけているようだった。
やがて、監督は龍太たち四人を招き入れて座らせた。
六畳ほどの部屋には、名簿や資料の入った大きな本棚が壁付けされていた。長机の上には大型のモニターとノート型パソコン。椅子は二脚しかなかったので、膝の悪い龍太が座らせてもらい、残りの三人は床に腰をおろした。
監督はひじ掛けのついた椅子の上で、両手を組み合わせている。
「じゃあ、まず相川の家の話をしよう」
四人はきょとんとなった。突然、三年の相川陽平の名前が出た。赤井と一緒に先発のフランカーに選ばれた選手だ。
監督の話では、昨年の冬、相川の母親が突然倒れたという。心筋梗塞だった。手術を受けて危険な状態は脱したものの、身体に障害が残り、今もリハビリ専門の病院へ通院しているらしい。
「相川の家はもともと共働きで、ご夫婦ふたりの収入で生活していたが、父親が看病のために時短勤務にしたので、じわじわと経済的に苦しい状況になっていたようだ」
今年度になって退部の申し入れがあったという。部費、遠征費、合宿費、それにスパイク代や練習着にかかるお金も、もはや払いきれないという。
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