11人が本棚に入れています
本棚に追加
「本当なら、チームメイトの苦境を正直にお前たちに話して、どうどうと寄付を募ればよかったのかもしれない。しかし、あの時はサッカー部の盗難事件の真っ最中だったからな。ラグビー部はサッカー部とクラブハウスを共有しているし、経済的に困窮していると周囲に知られたら、今度は相川が疑われるおそれもあった。だからお前たちには詳しい事情を伏せて、後援会の会員のみに、『経済的に苦しい選手を援助してほしい』と手紙を送った。その取りまとめをしてくれたのが副会長の赤井さんで、後日、相川のために振り込まれた寄付金を持ってきてくれたんだ」
そのお金はこの夏の合宿から、すでに相川のために使われていたのだった。
「寄付金の使い道については、詳しい明細書と報告書を作成して、援助してくれたOBに渡している」
監督はデスク横の引き出しから、クリアファイルを取り出すと、「お前たちも見るか?」と四人に差し出した。
はーっ、と四人は一斉にため息をつき、空気の抜けた風船のように首を垂れた。龍太も、安堵とともに背もたれに体をおしつけた。
「だったら最初からそう説明してくださいよー」
酒井が泣きそうな顔で抗議した。
「俺ら、めっちゃ悩んだじゃないですか」
その言葉に、今度は監督のほうが肩を落とし、椅子の上で巨体を丸めて小さくなった。
「……難しかった。うちの部には、相川以外にだって、経済的に苦しくて部費を負担に感じているご家庭もあるだろうし。相川だけを特別扱いしていいのか。それで全ての保護者の理解を得られるのか。新米監督の俺には正しい答えがわからなかった。だから――秘密にしてしまったんだ。それが相川にとってもいいことだと思っていた」
そして顔を上げて、弱々しくため息をついた。
「でも、ダメだったなあ。隠し事なんてうまくいかないな。君たちを不安にさせてしまった」
こんなふうに自分を責める監督の姿を、龍太は初めて目にした。
監督は自嘲のような笑みをうかべて、机上にある自分の携帯を指さした。
「さっき電話をしたのは相川本人なんだ。君たちに真実を話していいかって確認したんだよ」
「相川はなんて?」
「『監督、まだみんなに話してなかったんすか』って。けろりとしていわれたよ」
「なんだよ、相川は俺らが事情を全部知ってて黙ってると思ってたわけ?」
神田が苦笑した。
「いろいろと行きちがってるなあ……」
「ほんとに、不器用な監督ですまないな」
監督にぺこりと頭を下げられ、四人は落ち着かなく視線をさまよわせた。
顔を上げた監督は、龍太たちを見てまぶしげに目を細めた。
「ただ、こうしてまっすぐに疑問をぶつけてくれて嬉しいよ。直接乗り込んで話し合おうって、君らに思ってもらえるくらいには、俺のことを信頼してくれていたんだな」
監督の顔に温かみのある微笑みがひろがった。
最初のコメントを投稿しよう!