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大島はふと思い出したようにたずねた。
「相川はこれからどうなるんですか。今年はこれでいいとしても、高校を卒業したら?」
監督は少し寂しげな顔をした。
「相川は大学進学をあきらめて、アルバイトをしながら母親の看護と、妹さんの世話をするといってる。そうすれば父親がフルタイムでちゃんと働けるようになるだろうって」
「そんな……素質があるのにもったいない。大学でもラグビー続ければいいのに」
龍太がつぶやくと、監督はすっくと立ち上がった。
急に威圧感のあるいつものこわもてに戻って、四人を見下ろす。
「だから――だからこそ、明日は絶対に勝つんだよ」
拳をぐっと握りしめた。
「全国大会へ行くんだ。そしたら、たくさんの大学や企業チームのスカウトが相川を見に来る。その中には特待生や奨学生の枠を用意してくれるところがあるかもしれない。相川の未来は明日にかかってるんだ。頼んだぞ」
燃える瞳で、監督は四人をみつめている。
勢いにのまれ、監督の言葉にききいっていた大島が、我に返って寂しく笑った。
「っていわれても……ここにいる俺ら全員メンバー外なんですけど」
監督は、真面目くさった顔で首を振った。
「君らが、このチームの要なんだ」
龍太たちにゆっくりと語りだした。
「普段から切磋琢磨して、メンバーたちに油断しないようプレッシャーをかけ、そして試合のときには背中を押して勇気づけてきた。君たちがあきらめない姿勢を見せてくれたからこそ、このチームはここまで来られた。井上、大島、酒井、神田。ここにいる全員に感謝している。明日も今までどおり、仲間に声援を送ってくれ。君たちが見ていれば、試合に出るメンバーもみんな必死になるだろう。君たちの力を貸してくれ」
試合には出ない自分たちも、雪城のチームの一員であったこと、そして精一杯のプレーをし続けたこと――その軌跡は、ちゃんと意味のあるものとして残っていたのだ、と龍太は思った。
「明日、勝ちましょう」
神田が迷いのない顔で立ち上がった。それを合図としたように、残りの三人も腰を上げた。バッグを持ち、執務室のドアを開ける。
ふと思い出して、龍太は監督にたずねた。
「そういえば応援旗、あれ、本当に持って行くんすか? もうヒモ通すところがほつれてるんですよ。会場で破れたりしたら縁起が悪い気がするんですけど」
「ああ、あれも古いからな」
監督は奥のロッカーに向かった。ごそごそと奥のほうから布袋を取り出してくる。
「一応新しい旗はあるんだけどな……」
監督がひろげた応援旗は、鮮やかなスカイブルーだった。糊のきいた真新しい生地に『雲外蒼天』と白く染め抜かれている。
「監督に就任した記念に、後援会が作ってくれたんだよ」
「なんて読むんですか?」
「『ウンガイソウテン』。曇っていて希望の光が見えないときも、黒雲さえ突き抜ければ、その上に明るい空が広がっている、という意味だ」
「これを飾ればいいじゃないですか」
龍太が明るくいうと、監督はまた先ほどの弱気な顔つきに戻ってしまった。
「しかしなあ……。昨年も全国大会には手が届かなかったしな……。俺はまだ、君たちにきれいな空を見せてあげられていないからな」
迷っている監督の手から、龍太はひったくるようにして新しい応援旗を手にした。
「これ、持って行きます」
龍太はもう、自分を憐れだとは思っていなかった。このチームでラグビーをやれてよかった、と考えていた。たとえひとりでチューブを引いているだけでも、自分はやはり、このチームでラグビーをしていたのだ。
「勝ちましょう」
龍太は決意とともに大きな声をあげた。
――俺たちは明日、高校生活で最高にきれいな空を見る。
了
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