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2月 トーキング・ピアノ
「土曜日のピアニスト」と呼ばれる女性がいる。動画で見たことのある人も多いだろう。
彼女がピアノを始めたのは、声を失ってからだという。
音楽は好きだったが、せいぜいカラオケで歌うくらいで、自分で楽器を演奏しようと思うことはなかった。ある時、事故で声帯を傷付けてしまい、友人とおしゃべりすることも出来なくなった。
失意の彼女が出会ったのは、駅に置かれた一台のピアノだった。通りすがりに誰でも弾ける、いわゆる駅ピアノだ。
彼女は何の気無しに一つ鍵盤を押してみた。すると、ピアノがしゃべったのだという。
『どうしたの?』
確かにそう言った、と彼女は言った。さらに弾いてみると、
『元気出して』
『私でよければ』
『お話しよう』
気がつけば、彼女はたどたどしくピアノを演奏していた。全てはそこからだった。
もっとピアノとおしゃべりしたい。その一心で彼女は毎日ピアノを練習し、毎週土曜日に駅でピアノと会話している。
彼女の動画を見た人によると、彼女が演奏している時、ピアノの音と共にかすかにしゃべっているような声が聞こえるという。
――とても、楽しそうに。
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