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「5年前の春、私が聖美さんに訊かれた質問です」
「5年前というと、2016年ですか……」
私が問い返すと、相葉さんは深く頷いた。
「はい。私たちは5年前に交際をしていました、いや、私自身が交際しているような錯覚をさせられていただけの話だったのですが……。『光芒』や『Raging River』、『Purple Pink Orange』、『brotherhood』といった曲が聖美は大好きでね、ドライブ中に何度も聴かされているうちに覚えてしまったものですよ」
相葉さんは口惜しそうな面持ちを浮かべながらアイスコーヒーを口に含んだ。今相葉さんが挙げた曲はどれもシングルカットされていないB‘zの隠れた名曲で、コアなファンからは根強い人気がある。
「何度もデートを重ねているうちに、リンちゃんも一緒に住めるところに一緒に住みたいな、とか、将来、こんなおうちを買いたいよね?とか、聖美はことあるごとに話していました。いずれは結婚するんだろうなと思っていました」
聖美の笑顔と声が、相葉さんの話の合間合間に蘇ってくる。
「でも、それは聖美に踊らされていただけのことだったんです。いずれは結婚するだろうと思っていた私に、聖美は何度か金をせびってきました。最初はお母さんの具合が悪くて入院するという理由で5万円、次はペットのリンちゃんが骨折したからという理由で10万円……合計で聖美に貸した額は300万円は軽く超えていました」
相葉はそう告げると、鞄の中からノートを取り出した。開いてみると、2016年の10月に5万円貸したことから始まり、複数回に渡って聖美に多額の金を貸していた事実がメモされていた。記録は2017年7月に途切れていた。
「4年前の夏に聖美は忽然と姿を消しました。どうしたんだろう?自殺してしまったんだろうか?などとかなり心配になりました。時間がたつにつれて、私は実は騙されていたのではないか?という疑念が強くなっていきました。そしてその疑念がついに確信へと変わる日がやってきたのです」
相葉さんがそう言いながら奥歯を噛みしめ、固くこぶしを握っているのが目に留まった。
「2年と少し前のことでした。街中で偶然聖美を見かけたのです。声をかけましたが、そのときは知らんぷりでした。ですがその日の夜に聖美から電話がかかってきたのです」
「……聖美はそのとき、何と?」
私はおそるおそるそう尋ねた。
「私たちは赤の他人なんだから、もう道で会っても声をかけないでくれって」
「……そうだったんですか」
うつむいている相葉に対し、かける言葉が見つからなかった。
「私は聖美を心から愛していた。それなのに……。私みたいに人生を狂わされ、惨めすぎる思いをする人をこれ以上出したくはない。だからもう一度言います。聖美さんとの結婚、おやめになった方がいいかと思います」
相葉さんは顔を上げ、これだけは譲れないといった毅然とした態度でそう言い切った。
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