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幸人が突如、相葉が半分ほど飲み干したアイスコーヒーのグラスを手に取った。そして声を張り上げた。
「マスター、これ暫くお借りしてもいいですか?」
カウンター越しにマスターが首を縦に振った。
「このグラス、鑑識に回させてもらいますね。この盗聴器からは指紋も検出されている。このグラスの指紋と一致すれば、この盗聴器を仕掛けたのはあなたということになる。さあ、潔く観念してどうしてこんな真似をしたのか話すんだ」
毅然とした態度の幸人を前に、相葉はうなだれた。
「聖美が全部悪いんだ。4年前の夏、私のことをストーカー呼ばわりして警察になんか突き出したから。僕はただ、聖美をただただ愛していただけだったのに」
「調べましたよ。ご自宅までずっと付け狙って、玄関の前で交際を強要したそうですね。その際にあなたは強引に聖美さんに抱きつこうとして、その結果あなたは警察に逮捕された。あなたはそれがきっかけで懲戒免職になり、一流企業を追い出される羽目になった。今回の一連の事件の動機は、あなたの聖美さんに対する復讐心だったんですね」
「聖美がわからずやだからこんなことになったんだ。僕はあんなに愛していたのに、聖美は僕から仕事を奪い、前科者にし、何もかもを失わせたんだ」
「……お前、それで本当に愛していたなどというつもりか?聖美さんはお前のせいで恐怖心を植え付けられて、当時一生懸命働いていた職場をやめないといけなくなってしまったんだぞ?」
幸人が拳をふるわせながらそう問いかけた。
「ああ、そうだよ。愛していたよ。これを愛と言わずして何と言う?」
開き直るかのように相葉が問いかける。
「本当に何も分かっていないんだな。何というかわからないなら考える時間をたっぷり取ってやるよ。一緒に署に来てもらう」
幸人はそう言うと私に目配せをした。
「最後にひとつ、教えてください。いつから私の話が怪しいと思いました?」
相葉が去り際に私にそう告げた。
「Purple Pink Orange」
私はそう答えた。
「それがどうかしましたか?」
「あなたは言いましたよね?2017年の夏からは聖美と一切会ってないって。でもそれはおかしいんです。だってPurple Pink Orangeがアルバムに収録されたのはその年の冬でしたから。聖美と一緒にこの曲を聴くことはできないんですよ。盗聴でもしない限りはね」
「なるほど」
相葉はそう言ってため息をつくと、幸人に連れられて喫茶店をあとにしていった。
幸人に引き連れられ、闇へと消えていく相葉の背に向かって私はつぶやいた。
――それは愛じゃなくて、執着って言うんだよ。
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