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〜結月side〜
今宵は十三夜。
闇空に浮かび上がるのは、少しだけ欠けた望月。満月。
私は右ポケットに形見の月のイヤリングを潜ませる。早く振動する心臓を誤魔化すように、夜風の中を駆け抜ける。
さぁ、ついにこの時が来た。
今宵、私は、あの男を殺しにいく。
カッ
カッ
カッ!
セメント色の階段を駆け上がると、見えてくる屋上への扉。凍てついた銀色のドアノブを捻る。重厚な扉が、ギィッと不気味に軋みながら開いていく。
パァッと月光が瞼に降り注ぐと、開けた場所には朔弥(さくや)がいる。
彼は振り向くと、手のひらを掲げて微笑む。
「美月(みづき)遅いよ」
違うよ。私は結月(ゆづき)よ。美月の双子の妹だなんて……そんな事は言わない。
だって、あなたに近づく為の嘘なんだから。
「ごめん、朔弥。お団子買ってきたよ。さぁ、月見しよっか?」
今宵は十三夜。
彼のマンションの屋上で月見をする。
「もう少し、こっちでお団子食べよ?」
私は手招きして、屋上の壁沿いに彼をおびき寄せる。「うん」と頷いた彼はのっそりと歩みを寄せてくる。
おりこうさん。さぁ、こっちへおいで。
歩み寄った彼は、私をギュッと抱きよせて頭を撫でると、指先で髪の毛をなぞった。
背中越しに見える少し欠けた満月。
今日は、やけに赤くて不気味だ。
十三夜に浮かぶ美しき月。
美月……待ってて。
すぐに終わらせるからね。
「朔弥、お団子食べようよ。私、お腹すいちゃって」
「あぁ、食べよう」
屋上の壁にもたれながら、私たちは月夜の下、真っ白なお団子を口に頬張る。
ポケットに潜ませた形見のイヤリングをぎゅっと握りしめ、私は口を開く。
「十五夜は月見しなかったよね? 十五夜と十三夜の片方しか月見をしないと、縁起が悪い事が起きるんだって」
白い小さな満月がポロリ、と彼の手元から落ちる。それと同時に、膝から崩れるように倒れる身体。
「……美月?」
睡眠薬が効いたみたいね。
私に腕が伸びてくると、私はその腕を掴んで屋上の隅まで引きずっていく。
ズリ
ズリ……
「私は双子の妹の結月よ。あんたは姉の美月を捨てたわよね? 好きな女ができたなんて言って。美月は苦しんだ挙句、入水自殺をしたわ。
1人で冷たい水の中、苦しんで悲しんで死んでいったのよ!!だから、私は美月のふりしてあなたに近づいたの。復讐するために。あんたはバカだから、また私と付き合う事にしたわよね。まさか、殺されるなんて思ってもみなかったでしょうね?」
「そっか、結月か……だから」
段々と閉じていく瞼。
ふらふらする身体を、月夜へ向かって突き落とす。
目の前から忽然と消えていく身体。
最後に何かが聞こえた。
それをかき消すかの様に響いた鈍い音。
屋上のへりから地上を見下ろす。
「よし、死んだわね」
遠目に見えるのは、地面に叩きつけられた黒い人形。赤褐色の中に沈む影絵みたいだ。
ピクリ、とも動かない。
私は夜空に手を上げて、ぐーっと背伸びをする。
月が見つめる。
目撃者は、今宵の月だけ。
「やっと、この呪縛から解放されるんだ」
なぜか頬を滑り落ちる生温かい雫。
私はそれを拭うと、屋上の扉に向かって走り出す。勢いよく階段を下っていくと、頬はたくさん濡れていた。マンションを出ると、朔弥の死体の周りにはたくさんの人集りができていた。
それを気にする事なく、闇夜の街へと走り出す。
形見の月が、ポケットで揺れる。
美月と付き合っている時から、私の片思いだと思っていた。
美月も本当に彼を愛していたから、自分の気持ちなんて黙っていたのに。
美月が自殺して、復讐のために彼に近づいたの。殺すためだったんだよ。今夜、殺すために彼と付き合っていたんだよ。
分かっていたのに……
どうして、こんなにも胸が引き裂かれるの?
それは、あなたを愛していたから?
夜に輝く海原。
ここに美月もいる。
「美月、無念を晴らしたよ」
静かな海面に浮かぶ美しき月。
つま先に打ち寄せる波音。
止むことのない涙粒が、海原に溶けていく。
形見月がポケットで揺れ動く。
「海ってこんなにあたたかいんだね」
揺蕩う波間に埋もれると、思い出すのは彼の最後の言葉。
『結月がずっと好きだった』
美月も、
朔弥も、
殺したのは私。
月海に消える片見月。
「美月……ごめんね」
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