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相良
「久しぶりだね」
講師である相良美嗣は、二人を招き入れると、右手を差し出した。まるで外国人のような行為ではあるが、相良は隼人の在学中から挨拶に握手を求めていたから、違和感はなかったのだが、圭はどうだろうか。と、少々不安になる。圭は人との接触を避ける傾向にある。
隼人の不安をよそに、圭は自然に右手を出すと、にこりと笑いながら挨拶をした。どうやら、相良の知的で品のある様子が圭の笑顔を引き出したらしい。
隼人が殊更圭の態度を気にした原因は、相良の容姿にあった。
中学時代、相良は年の離れた妹と一緒に、母方の祖父の元で夏休みを過ごしていたらしい。
母方の祖父は政治家で、新しい政策を打ち出すと反対する人間の厭がらせがあったのだという。
当時、法務大臣を支えていた相良の祖父を脅迫するために、見知らぬ男が庭に忍び込み、相良の妹を攫おうとした。それに気付いた相良は犯人に飛び付き、何とか妹を取り返したのだが、腹癒せに、硫酸を頭から掛けられ、生死の境をさまよったという過去を持っていた。
幸い一命は取り留めたものの、左目は潰れ、頭皮から顔左半分は焼け爛れ、引き攣り、初対面の人間は大抵、驚きを表情に表す。
隼人も、どう説明するべきかと考えた末、少々強面とだけ言っておいた。圭なら失礼な態度は見せまいと信用していたが、予想以上の態度に、胸を撫で下ろす。
相良は室内でも山高帽を脱がず、同じく火傷の痕が酷いらしい左手には手袋をつけたままであった。眼鏡の左側にもレンズは入っているが眼帯をしている。
初対面の人間には異様に映るだろう姿にも、圭は何ら反応を見せはしなかった。相良が淹れてくれた緑茶に、恐縮はしながらも口にし、思わずと言った風に、美味しい。と呟いた。
「相良先生はお茶の淹れ方が本当にお上手ですよね。学生の頃から思っていました。秘訣を伺っても?」
相良は笑むと、簡単なことだよ。と始めた。
「お湯の温度をしっかりと管理する。高すぎてはいけない。低すぎても然り。そうして何より大事なのは、良いお茶の葉を使うことだ」
成程。と言うしかない。どんなに頑張っても粗茶は粗茶。粗茶にしては美味しいお茶にしかならないのが現実であろう。
「処で、お茶の淹れ方を習うために態々来たわけではないだろう? 巷で話題の紅い髪の探偵が訪ねて来た理由、私も興味があるのだけれど」
「先生まで……」
「私こそが、興味を示すべき内容だとは思わないかな?」
そうかもしれない。相良の研究対象は、犯罪者心理なのだから。
「それでは、用件を聞こうか」
「経済学部で私より一学年上の酒井進という男を覚えていませんか?」
圭の目が疑問を隼人に訴える。圭は恐らく、親しくしていた講師に、経済学部の講師、或いは卒業生を紹介してもらうつもりだと考えていたのだろう。法学部の講師に、卒業して既に十年近い時間が過ぎている他学部の学生を知っているか。等普通は問うものではない。
しかし、相良のやり方は、犯罪者の心理を研究するだけではなく、普通の人間をも同時に研究すべきだとしていた。比較対象は多ければ多いほど良い。故に、相良は学生に積極的に関わり、データとして残していた。文学部は人数が多かったので、法学部と経済学部に絞って、在学中に起こした問題、交友関係、就職先等残していることを思い出したのだ。
ちょっと待って。と、相良が席を外した隙に、圭にそう説明をしておいた。
「お待たせしたね」
灰色の帳面を持って戻って来た。背表紙を見ると五粍ほどの背表紙に(経済学部 Ⅲ)とあった。
「これに書いてあるが、どうして彼の情報を知りたいのかね? 君を疑うわけではないが、何でもかんでも教えるわけにはいかないからね」
ご尤もである。
「先生を信頼しているから申しますが、酒井進がどうやら、結婚詐欺を働いていたらしいのです。うちに来た依頼人だけで既に七人の被害者が発覚しています。
それだけではなく、ご婦人方には、相馬有朋と名乗っていました。そうして皆に、紅い髪の探偵は自分の後輩だと言ったそうなのです」
相良の右目が光ったような気がした。
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