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大学
翌日は、事務所に一日中いた。また、相馬有朋の婚約者と名乗る婦人が来るだろうと考えたからである。
案の定、三人の婦人が現れ、隼人は、警察に被害届を出すよう説得した。
金額から考えるともう少しいそうだと思ったが、いつまでも事務所で座り込んでいるわけにもいかない。他の依頼と並行して、相馬有朋を名乗っていた男、酒井進に関して調べることにした。
大森から聞いた情報では、酒井はT大学の経済学部に在籍していたらしい。
一昨日、灰色の背広姿の男が倒れている。と通報があった。酒井の自宅から月本銀行に向かう途中に存在する空き地に、俯せた状態で倒れていて、発見時にはすでに事切れていたそうだ。傍には通勤用らしき革鞄があり、身分証明、財布、M銀行の通帳等は手つかずで残っていた。物取りの仕業には思われず、通帳の残高があまりに高額だった上に、勤め先とは違う銀行であったことも刑事達の間で問題にされていた。
仲間内での取り分の争いが元で殺されたのだとすれば、革鞄はなくなっているべきである。
死因は失血死。複数刺し傷があり、内臓に達する傷もあったことから、犯人は男と思われる。とのことであった。
経済学部で今でも付き合いのある人間はおらず、伝手を辿るよりは直接大学に行く方が早かろうと、当時親しくしていた講師に連絡を取り、訪ねる約束を取り付けた。興味津々の様子だったので、圭も連れて行くことにする。もしかしたら中学に戻りたがるかもしれぬとの、微かな期待を込めて。
との考えは少々浅はかだったな。などと考える。
勿論、大多数が学生服姿の真面目な学生ではあるが、目立つのはバンカラぶった学生で、圭の目は期待外れと語っている。相馬はまだ、品のある仕草や言葉遣いであったからそれなりに大学の権威を落としはしなかったのだが、一昨日逮捕された江古田正司にしろ、結婚詐欺の酒井進にしろ、性的な匂いのする犯罪に対して圭は格別拒絶反応が激しい。
一人の学生が、隼人に近付いて来た。どうやら隼人を英國人だと勘違いしたらしく、なかなか流暢な英國語で話し始める。仕方なく英國人の振りで受け答えしていたが、学生はチラと圭を見ると、娘さんは貴方に似ていませんね。等と言い始めた。
圭はウンザリした表情で、私は娘でもなければ女の子でもありません。加えて言うならその人は日本人ですよ。と、学生よりも流暢な美しい発音の英國語で言ったものだから、学生は呆然とし、直ぐに気まずそうな表情で、失礼致しました。と、丁寧に頭を下げると去って行った。
学生の浮かない表情は、隼人を外國人扱いしたこと、圭を女の子扱いしたことに加えて、T大学学生である自分よりも美しい英國語を話す、どう見ても日本人の子供に対する嫉妬も含まれているように思われた。
圭を女の子扱いしたことだけが、学生の失敗だった。圭はそれまでは好意的な様子で学生を見ていたのだから。
語学は使わなければ忘れてしまう。と、圭と山上、隼人が揃うと自然、英國語で話すようになっていた。父親が通訳であった為、親子間でも同じようなことをしていたらしい。故に、勉強熱心な学生の態度は圭にとって好ましい様子であったに違いなのだが……。
「参りましょう。時間に遅れると失礼ですから」
十分後が、約束の時間であった。
圭の言う通り、遅刻は失礼であるから急ぎ足で向かう。学舎に入って一番奥の目立たぬ狭い部屋が、目的の場所であった。
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