利用

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 一人の汚らしい少年を見つけた。ボロボロになった着物を身に着け、土だらけの足を、今にも鼻緒が切れそうな草履に突っ込んでいる。 「君」  少年は無言で私を見た。いや、睨み付けた。気位の高そうな表情。落ちぶれた士族の子かもしれない。 「お父さんやお母さんはどうしたのだ?」  睨み付けたまま、少年は口を利こうとはしない。 「お腹空いてないか?」  流石に空腹には勝てなかったらしく、小さく頷いた。 「うちにおいで。君のように身寄りのない子供達がいるんだ。ご飯もお風呂もある」  上目遣いに私を見ると、おずおずと近寄って来た。  少年の歩幅に合わせて歩く。  生意気そうな表情は相変わらずだが、それでも素直に付いてくる。心の中でほくそ笑み乍ら屋敷に向かった。  私の屋敷は、とある没落華族の手放した洋館だった。広い敷地の中には、日本邸宅もあり、そちらでは保護した子供が過ごしている。  若き実業家として活躍しながら、社会貢献として親のない子供を保護し、自立させる。私の名声は日毎高まっていた。  少年を洋館に招き入れ、清潔な洋服を持たせて風呂場に放り込む。  二十分もすると、清潔になった少年が姿を見せたのだが、洋服を着たことがないのだろうか、セーターを後ろ前に着ていた。が、敢えて教えもせず、女中が用意していた握り飯と茶を差し出した。  少年は椅子に座ると礼も言わずに握り飯に齧り付いた。品の無い食べ方にうんざりする。いつもそうだ。浮浪少年、少女は餓鬼のように食べ物に喰らいつく。下品で見るのが嫌になる。  と、その時女中が来客を告げた。 「長瀬隼人(ながせはやと)様と仰る方がお出でです」 「長瀬隼人? どんな奴だ?」  喉の辺りまで出ているのだが、どんな男だったのかが思い出せない。さほど親しくない相手には違いなかった。 「あの……紅い髪の……」 「あぁ、あいつか。通してくれ」  大学時代の先輩だった。学部も学年も違うが、時々、弓道場で会った。混血の派手な男で、どう見ても日本人には見えない容姿を道着に包んで、静かに、弓を引く姿を思い出した。  学業優秀で、女遊びには興味を示さず、真面目なだけのつまらない男だったと記憶している。  どうして今頃? 何をしに来たのか? 「やぁ、久しぶり。突然申し訳ない」  相変わらずの派手派手しい姿を、灰色の背広に包んで、まるで英國紳士だ。 「お久しぶりです。どうしました?」  長瀬はニヤリと笑った。大学時代の記憶にはない、長瀬らしからぬ笑いであった。 「昨日、偶然会った奴から君が面白いことをしていると聞いてね」  そこで、今まで無視していた少年に視線だけを向けた。  少年は尚も、握り飯を貪っていた。 「あぁ、そうですよ。最近は社会貢献に目覚めましてね」 「へぇ、社会貢献」  厭な感じの言い方だった。  真面目なだけの男だったはずだ。こんな厭な言い方や表情を見せたことなどなかった。  警戒しつつも私は、長瀬の変わりように興味を示した。 「長瀬さんは相変わらず弁護士を?」  あぁ。と、溜息交じりに答える。 「どうしたんです? お疲れの様子だ」 「弁護士ってのはどうにも、保守的な連中の集まりでね。なりたての頃はそれなりに野心ってもんを持ってたんだが……この見てくれが邪魔をして、同僚も客もまともに相手をしてくれやしなくてね」  成程。と思った。だからこんなにやさぐれているのか。と。  こう言っては何だが、長瀬の見てくれに、長瀬隼人などという日本人そのものの名前が全ての問題なのだ。もしこの男の国籍が英國であり、ジョンだのウィリアムなどという名前であればまだ、どうにかなったかもしれぬ。日本人からしてみれば違和感が拭えず、胡散臭い人間に思えてしまうのは無理もない。 「どうだろう、俺を雇う気はないか?」  頭は良かった。親しくなれなかったのは、真面目な良い子過ぎたからだ。しかし、今なら上手くいくかもしれない。  う。と、切羽詰まった唸り声が聞こえた。少年が口を押えて真っ青な顔をしている。 「吐くのか? 便所に行ってくれ」  部屋から追い出し、便所の場所を教えると、部屋に戻った。 「ガツガツ食うからだ。意地汚い。加減ってものを知らんのかね? 犬猫の方がまだ賢い」 「その、犬猫以下を集めて、何をしているのだ?」 「聞かなかったんですか?」 「いいや、聞いたよ。聞いたから来たんだ」  長瀬は椅子に座ると、長い足を組んだ。  学生時代、弓道はもちろん、柔道やら空手やら手を出していて、腕っ節も強い。英國語、独逸語も堪能だった。弁護士としても優秀だと、大学時代の友人から聞いたことがある。  唯一の欠点だった真面目な良い子をやめたのなら、利用するにはもってこいだった。
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