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彼は一瞬ヨーゼフンの顔を見たような気がしたが目の前にはその子はいないのだ。
幻覚か、とマコトは自分をうたがったが錯覚のようなものだろうと考えて納得した。
携帯電話器にかかってきた。
「詐欺じゃないだろうな」と彼はつぶやいて携帯電話器の画面を見た。
受話器を耳に当てた。
「今どこにいる?」携帯電話の話し相手はいきなりたずねた。
「いきなりそんなこと言われてもどなたですか?」
「私です」
「私ですって、君か」
それは妻からかけられた電話だった。
「今日、こちらは雨が降っていますから、あなたまた傘忘れたでしょ」
「確かに忘れたけど」
彼は新宿駅ビルの洋服を売る店で働いていた。
「雨くらいとめることはできますが、そうすると水不足になるというひとたちはいますから」マコトには妻はそう言って少し笑っていたような気がした。
「ヨーゼフンに駅の改札まで傘を持って行かせます」
「ありがとう、傘くらいなんとかなりそうだが、あの子が望んでいるんだからいいでしょう」
「お願いします」妻は答えた。
「でもよく考えると傘を持ってくるならここまで飛んできた方が速いよ」と言った時にはすでに妻は電話を切っていた。
彼は仕事が終わると新宿駅の改札まで歩いた。
改札を通り抜けてホームに向かったがそこは混んでいた。
京王線に乗って明大前に着いた時から傘を持っている人は増えた。
永山駅に着いたのでおりた。東京都多摩市の永山にある駅なのだ。改札前を見ると彼が待っていた。マコトは彼からトートバッグを受け取り中に入っていた傘を持った。
「帰ろうか」
マコトが声をかけると一瞬、彼が返事をしたような気がした。錯覚だろう。でも最近は錯覚ではないような気がする時はあった。それは何なのかマコトにはわからなかった。
「君はえらいな」
マコトが声をかけたら彼は声を出さずに笑った。永山の住宅地の道を一緒に歩き彼の自宅に着いた。照明が漏れて見えて彼はほおをゆるませた。
玄関のインターフォンのボタンを押した。すると室内から返事が聞こえた。
「オレだよ」
彼は声をかけた。
「お帰りなさい」
小学一年生のてつやは玄関まで迎えに来た。
「ヨーゼフンよくやった」てつやは飼い犬をほめた。
マコトが玄関の中に入るとヨーゼフンは犬小屋に戻った。彼はトートバッグに傘を入れたものを口でくわえて駅まで運んだのだ。
飼い犬のヨーゼフンのことを彼は「いい子だな」と妻たちに話した。
「あの子傘を届けさないと吠えて暴れるから」と妻は笑った。
「忠犬だな」と話して風呂に入ることにした。
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