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手のひらに痛さを覚えるような温度を暫く維持しているペットボトルに自分の体温を奪わせながら、上唇をなぞってみる。ひんやりとした、プラスチック越しに感じられるその透明な液体を、小気味良くリズムを取りながら揺らすのが気持ちよかった。
ちゃぷん、ちゃぷん、これがもし大海原であったとしたら、私はとんだ罪深き悪魔になってしまうな。荒れ狂った大時化に沢山の木切れが飲み込まれて、そのまま海底まで沈んでいってしまうのだ。海に喰われていく沢山の人たちは、数えきれない程の量の泡を肺が熔けるまで吐き出しながら、先程までは凪の中で風を、波を求めて早く早くと焦っていた自分たちの上空に激しく後悔の念を植え付けるのだろう。
その大嵐を引き起こしているのが私だとしたら、沢山の沢山の人の怨みが募り募ってきっと私は死んでしまう。海の守り神として祀られている船頭の神は女性だというのに、嵐を巻き起こすのも私という女性だとしたら、こんな皮肉なことはきっとどんな論述を机上に並べ立てたとしても見つからないに違いない。
手のひらと手のひらの間に挟まれたプラスチックの容器がだんだん私の体温と外の温度とに熱されて、その事に不快感を感じつつある私の手のひらからはもう身体の隅々までプラスチックの冷たさを行き渡らせる技量は既にないらしい。
うなじに流れる汗とそこに張り付く髪がうざったい。
そもそも人間なんて生き物は暑いとイライラする作りになっているのだから、暑くなんてならなければいいのではないのだろうか。
アスファルトに叩きつけられている生きたえかけた蝉の、何かごちゃごちゃ凝縮されている腹を思いだし、身震いを1つした。背筋がぞわっとしたにもかかわらず、流れる汗の量に変わりはなかった。
「悪ぃ、いま終わった!」
ガララ、と教室の後ろのドアが開いて、その隙間から顔を覗かせたユウヤに、私は「暑かったよ」と一言だけ感想を述べて席を立った。「お疲れ様」の労りの一言も、「アイスが食べたいな」の我が儘の一言も無い。こんな無愛想な私には、夏の太陽は特に無惨にその熱さを降りかからせるのだから、こんなに惨めなことってない。
「どっか寄って帰ろうぜ!」
と屈託なく笑う彼の左手には白いプリントが4枚丸められているのが見えて、要領が良いのか悪いのか分からない自分の彼氏に頭をひねりながら、いつの間にか空にしたペットボトルをゴミ箱へと放る。手首のスナップを効かせた甲斐があってか、見事そのペットボトルは綺麗な放射線を描きゴミ箱に飲み込まれていった。既に捨てられていた他のペットボトルとぶつかり合うゴシャンという音が意外と大きかった事に少しびっくりしてしまった。
「ナイッシュー!」
廊下で彼が笑うのを見てから、私は急いでカバンを背負い、彼の後ろへと続くべく教室を後にした。
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