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未来予想図・翼
「お前、本当に不器用だな」
「クズ猫が言うなっ」
「負け翼の遠吠えか」
恐ろしくきれいなのに口の悪い、生物学的には女である吉田葵が薄ら笑いを浮かべながら俺の手元を見る。
紅白の水引をねじりながら輪にして、結び目に松葉に竹の葉、梅の花の飾りをつける。それだけなのにうまくいかない。
「翼は力はあるけれど、繊細さや美的センスは絶望的にないな」
「仕方ないだろ、3回目なんだし」
そうだ、大学2年の時から何故か年末には葵の恋人の店に来て、この正月飾りを作っている。葵は店に飾る分、俺は自分の恋人と実家の分の2つを作る。
が、うまくできずに恋人は自分で手直しし、実家分は葵が作ったものを持って帰る。おかげで実家では葵が俺の恋人だと勘違いしている。
甚だ迷惑だ。
「本当に下手だな」
昼食を食べて帰る前に常連客が俺の手元を覗き込んで笑った。
「おっさん、やってみろよ」
「なんで俺がやるんだ? 俺は葵ちゃんのを2つもらって帰る」
「2つ?」
「隣の家の分」
「はいはい。並木さんと大野さんの分。材料費はもらいますよ」
葵は用意していた紙袋をおっさんこと並木哲也さんに渡している。おっさんは葵の幼馴染の健人の父親だ。
「いいね、いいね。うちも隣もこういう繊細なことをする人間がいなくてね。玄関周りが華やかになっていい。来年もいい年になりそうだよ」
「健人も学校が決まるといいですね」
「まぁね。ありがとう」
健人は教員採用試験に合格し、今は配属先の連絡を待っているところだ。ちなみに健人の隣に住む大野真由もこども園の採用が決まってる。
葵は司法書士事務所、俺の恋人島田拓海は哲也さんと同じ市役所、俺は会計事務所に就職が決まった。大学4年生の俺たちは就職が決まり、卒業を待つだけなのだが、健人や拓海は卒論で忙しい。
目の前の葵はすでに書き上げたらしく涼しい顔だ。
葵はかなり優秀で、成績上位5%に入らないともらえない給付型奨学金を受けていた。卒業生代表に選ばれたが辞退したと噂になっている。本人は噂だろと言って取り合わないのだが。
「翼、直してやるから貸せ」
俺の持っていた飾りを受け取ると器用に形を整えていく。まるで別の飾りに生まれ変わり、ニコッと笑って差し出してきた。
「拓海の分はどうする?」
「拓海の分は誰にも触られたくない」
「わー、すっごい執着。怖い怖い」
そう言って更に水引を手にする。
「お前、職人みたいだな」
「ふふ、ありがとう」
拓海の幼馴染の葵たちと仲良くなって2年と少しになる。俺と葵は公認会計士と司法書士という難関国家資格を取得すべく一緒に学んだ同志でもある。
葵は女性らしさとかが苦手な女で、女らしくない。中性的で、その意味では恋人の拓海と同じ雰囲気を持っている。
ただし、拓海は男も女のいける性質で、葵は逆に男も女も苦手な性質。葵に触れることができるのは葵の恋人であり、今いるこの蕎麦屋の店主の大輔さんだけだろう。
普段威勢のいい葵が大輔さんの前では子猫のようになってしまう。あまり見せないように努力しているらしいけれど、普段との違い、ツンデレぶりには笑ってしまうほどだ。
そして、仲の良い二人に嫉妬する。俺の最愛の人は男で、それは実家には認めがたいことだろうし、世間的にも同様だ。俺たちが寄り添うところを見て受け入れてくれる人は少数に違いない。
拓海とはこの先、一緒に暮らすことにしている。ルームシェアということにして。
ルームシェアという言い訳をつけなければ一緒に暮らせないことに苛立つこともある。
俺は不安の中にいて、拓海に八つ当たりしている。それがまた自己嫌悪のもととなり…。
「翼、考えすぎんなよ」
何の脈絡もなく葵はそう呟いた。そして、多分一番出来の良いだろう手の中の正月飾りを差し出す。
「実家で過ごすにしても翼を4年間支えてくれた翼ん家に飾ってよ。私たちの願いなんだ」
「私たちの願い?」
「一昨日拓海がご飯を食べに来たからこの梅の花を作らせた。松は健人、竹は真由ちゃんが選んだんだ。水引は大輔さんが作ってくれて、私が仕上げた。縁起が良さそうだろ」
「だからこれだけ水引が本当にきれいなんだ」
形がとても良くて目を引く。勿論、飾り物のバランスもいいからだろうけれど。
大輔さんを褒めれて嬉しそうに笑う葵が迂闊にもかわいく見えてしまった。
部屋に帰り、玄関ではなくリビングのチェストに上に飾りを置く。とたんに部屋が華やいだ気がするから不思議だ。
「まさか全部受け入れてくれる友だちができるなんて思わなかったな…」
それもこれも拓海のおかげ。拓海の…。
「なんで俺に会わないで、大輔さんや葵とこに行くんだよ」
拓海とはもう3日も会っていない。ムッとする。
そうだ、これを見せて渡さなくちゃいけないのだから、呼び出せばいい。卒論なんてここで書けばいいんだ。
良いアイデアにホクホクしながらスマホを取り出し、拓海のアドレスを呼び出そうとした時に着信メロディが鳴った。
母親からだった。
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