72人が本棚に入れています
本棚に追加
そう言って慌てて席を立ったご婦人は、荷物を取ろうとケーキを椅子に置き、上に乗せた荷物に手を伸ばしている。
「私が取りますよ」私も同じ様にケーキを置いて荷物を下ろした。
今市の駅に着くと、ご婦人はお礼を言って下さり、荷物とケーキを持って扉の向こうに消えて行った。
自分の席に座り窓の外を見ようとした時、隣の席にケーキの箱が目に入った。
「あれ?」
一瞬で青ざめた私はホームに着いてしまった車両の通路をケーキを持ってダッシュした。
発車の音楽が鳴り始めた。まずい!
もうご婦人はホームを歩いている。お孫さんのケーキが!
ドアに向かうと降りようとしている若者がいた。
「あの!このケーキ、あそこを歩いているご婦人の忘れ物なんです!渡して下さい!」とケーキを託すと扉は閉まった。
「ふぅ、間に合った…」
小さく呟き席に向かった。
席に着こうとした時…。
「えっ?無い!私のケーキが無い!」
周りの人達が私を見ている。何方かが窓の外を指指した。
「えっ!」
見ると、ご婦人がケーキの箱を掲げ慌てた表情で私を見ている。
その姿が窓を伝い見えなくなった…。
どうしよう……。呆然として落ちる様に椅子に座った。
次の駅で降りて戻ってみようか…
でもそうしたら着くのは夜中だ、手ぶらよりはいいか…。頭が混乱した。
涙が出てきた。お義母さんが智也君の悲しむ顔を見たくないって言ってたのに…。
翔真にメールをしようかと悩みながらスマホを見るとメールが来ている。相澤君からだ。
「旧姓早坂佳美、仕事が変わっても全力で頑張ってるみたいだな、元気そうで安心した」
でも失敗したら意味ないし……。その言葉で逆に落ちこんでしまった。
全力か……。
最初のコメントを投稿しよう!