ドミナント

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 最初は、親会社の偉い人という存在でしかなかった。同期のグループで食事やゴルフの打ちっぱなしに誘われ、仕事の一環と思って行った。気づけば一対一での誘いになることが多くなった。  それでも鈍感なわたしはまだ気づいていなかった。一回りも上で、結婚していて、一人娘がいると聞いていた。その娘を溺愛している、とも。忙しいからなかなか会えなくてね、と目尻の皺を深くしながら写真を見せてくれたこともある。  彼が見せる笑顔。穏やかで紳士的な態度。わたしを「大人の女性」として扱ってくれる心地良さに、だんだんと好意が増していったのだ。  そういえば、二人きりで出かけるようになった頃に木村くんから聞かれたことがあった。「アイツと付き合ってるの?」と。  その頃はまだ付き合っていなかったから、即座に首を横に振った。木村くんは納得しかねる顔をしながらも、「噂になってるから気をつけなよ。アイツ、既婚者だしさ」と忠告してきたのだ。  親会社の上司をアイツ呼ばわりする彼がなんとなく嫌で、かつ性格も苦手だったから、あれ以来木村くんとは上辺だけの付き合いに留めていた。  あの男のことを思い出すと、それにまつわる周りのことまで思い出してしまう。今は、あの時のことを思い出して教えなければ……キュッと閉じた目に力を入れ、あの男のことを思い出す。  ドミナントとしての態度、仕草、言葉。  一真くんの「知りたい」という欲に応えたい、というのはあくまでも上辺だけのこと。わたしは、本当はあの男とのことを誰かに話したくて仕方がなかったのだ。
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