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その後、二週間ほどは彼の姿を見なかった。「必ず返す」とは言ったものの、なんだかんだで入り用な年頃だろうし、元々貸すつもりではなくてあげるつもりだったのだから、彼の姿が見えなくてもわたしは特に落胆しなかった。
一つのことに引きずられない自分が誇らしかった。軸をぶらさず、日々しっかりと安定して過ごす。感情も理性も常に安定し、仮に乱すような出来事が起きても自分でコントロールできる。それが大人だ、というならば、わたしは大人になれたのだろう。
仕事は変わらず忙しいけれども、気の置けない同僚たちとの心地よい距離感でのやりがいある仕事や、仕事のできる上司。女一人で充分生活していけるお給料で、わたしは自分自身に満足していた。時折起こる、恐ろしいほどの性衝動でさえ、どうすればそれが収まるかを把握しつつあり、わたしはわたしの人生を完全にコントロールできている、と思っていた。
その日は朝から緩い頭痛があった。排卵日である事を示しているのは、長い事この体と付き合っているからわかる。そして、わたしの性衝動は、季節の変わり目と排卵日が重なると異常なほどに高まる。
前回から約三ヶ月。そろそろ利用しないと歯止めが効かなくなる。仕事を終え、自宅から女性向けのそういったサービスをしている、懇意のところに連絡を入れる。
「ご指名はございますか」
「いつもの彼は?」
「申し訳ございません、先月退職いたしまして」
「そう……、じゃあ、適当にお願いします」
「入ったばかりの新人がおりますが、新人でもよろしいですか」
「構わないわ、二時間後に例の場所に寄越して」
「かしこまりました」
ここの常連になってどのくらいになるだろうか。初めて利用したときは、心臓が口から飛び出るのではと思うほど緊張したものだけれども、今となっては慣れたものだ。
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