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私の書いた後編
3.一人で来店する。
「今日は夕方から雨が降るらしい」
お昼に居た常連のお客様が、私に向かってそう告げたせいか、お店に居た人達は夕方には店を去ってしまった。
昨日に引き続き、暇になってしまった店内で、窓を伝う雨のかけらをボーっと眺めながら時間を潰していると、木製のドアが軋む音がして、私は勢いよく姿勢を戻す。
「失礼します……」
そんなか細い声が、外から聞こえる雨の音に交じって店の中に入ってくる。
聞きなれない言葉を聞いた私がドアの方をよく見ると、そこには、真っ黒な学ランを身にまとった気の弱そうな男の子が店の外から私の顔色を疑っていた。
「いらっしゃいませ。外は寒いでしょ、中に入っておいで」
私が心細そうな少年に声をかけると、少年は透明の傘を折りたたんで、傘置きに刺すと店内へと入ってくる。
「お冷持っていくから好きな席に座って」
私がコップを出してお水を注ごうとすると、少年は店の入り口に立ったまま店の中を見回して、意を決した様に私の前に座る。
「どうぞ、お冷とメニューです」
気の弱そうな少年が、自らカウンターに座ったことに驚きながらメニュー表を渡すと、少年はお冷に手を付ける事無く、メニュー表を見て体を強張らせる。
その少年の姿に、私は昨日来た少女を思い出して、1人で面白くなってしまう。
「えっとカフェオレをお願いします」
「かしこまりました」
そんな事を考えていたせいか、カフェオレを注文されたことに、私の頬は勝手に緩んでしまう。
そんな私の顔を見て不快に思ったのか、少年は機嫌が悪そうな声を出して私に話しかけてくる。
「そんなにおかしな事しました?」
「ああ、嫌な気にさせたならごめんね。昨日君と同じ学校の制服を着た女の子が、同じ注文をしていたから、ついつい思い出しちゃって」
「えっ……」
私がカフェオレの準備をしながら昨日の事を話すと、少年は声を漏らしながら驚いて、慌てて話を続ける。
「その女の子って、髪が長くて、前髪をヘアピンで止めた女の子だったりしますか?」
「多分その子だったと思うよ」
「そっか……」
私の答えを聞いた少年は、前のめりになった体を元に戻すと、息を吐いて机の下で手を握りしめる。
「甘いねえ―」
少年の初々しい反応に、私がついつい言葉を零すと、少年は顔を真っ赤にして、顔の前で両手を振りながら言い訳を始める。
「い、いや。何でも無いんですけどね!ただ、そうなら嬉しいなって」
「ふふ、なら次は、是非彼女と来てくださいね」
雨でジメジメした室内の空気は、鼻を衝くコーヒーの香りで、一瞬にして何処かへ行ってしまう。
その香りをかいで少年も落ち着いたのか、少年は恥ずかしそうにしながら、小さな声で話を戻す。
「その……彼女には下見に来たのは秘密で」
「はい。分かりました」
私もそんな彼らにあてられたのか、ドキドキと胸を高鳴らせながら、二人が一緒に店に来るのを楽しみに、ドリップを続けた。
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