3人が本棚に入れています
本棚に追加
第一回
私の経営している喫茶店は小規模だが、地元の人に愛されている。
一日働いても少人数のお客さんしか来店はしないし、お客さんはいつも見る顔の常連さんが多いが、私にはそれが心地よく、昔から憧れていた喫茶店の仕事も続けられている。
そんな店にも、たまに新規のお客さんが来てくれる。
「ここって喫茶店……ですよね?」
ドアを開いた音と共に、近くの学校の制服を着た女学生が、上半身だけを覗かせて、心細そうに私に声をかけてくる。
「はい。喫茶店ですよ。いらっしゃいませ」
「はぁ、良かった。間違って入ったらどうしようかって」
彼女は私の言葉を聞くと、胸に手を当てて息を吐いてから店の中に入ってくる。
「今はお客さんも居ないし、個人店に入るのは少し不安ですよね」
喫茶店に入るのが慣れていないのだろう彼女の様子に、私は昔の自分を重ねてしまう。
そんな私の言葉を聞いた彼女は、嬉しそうに目を輝かせて、大きく首を縦に振る。
「そうなんですよ。初めてこういうお店に来たから、少し怖くって……」
「あはは、分かりますよ。私も昔は同じでしたから。ささ、どうぞ座ってください」
「はい!」
彼女は私の前のカウンター席に座ると、楽しそうな目をして店内を見回す。
「どうですか、この店は」
「すごくいいですね。まるで物語に出てきそうなお店ですね」
「嬉しい事を言ってくれますね。ご注文はどうしますか?」
私は初々しい彼女の反応を見ながら、メニュー表を渡して、お冷をカウンターに置く。
「ありがとうございます」
丁寧に感謝を言ってメニュー表を受け取る彼女は、その中身を見てピクリと体を強張らせる。
(初めて来た時に、値段見ると驚くよね。学生が払うには少し躊躇う値段だから)
本当に昔の自分を見ている様で、私の頬はついつい緩んでしまう。
「あ、あの店長さんのお勧めってありますか?」
私が彼女に自分を投影していると、彼女は意を決した様に、私の目を見てそう質問してくる。
「そうですね。私のお勧めはブレンドコーヒーかな」
「……コーヒー以外ってあります?」
彼女は私の答えに、少し考える時間を作ってから、顔を赤くして、恥ずかしそうにもう一度問いかけてくる。
「苦いもんね、コーヒー。……カフェオレなんてどうですか?」
「あ、はい!カフェオレなら飲めます」
「なら、カフェオレにしときます?」
「お願いします!」
元気のいい返事をしてくれた彼女は、もう店の中に入った時の緊張感が抜けたのか。自然な笑顔を見せてくれた。
「それにしても珍しいですね。学生さんが喫茶店に来るのって」
「そうなんですか?」
私は注文を聞いて尚、カフェオレの準備をしながら彼女に話しかけ続ける。
すると彼女も、話を続けようと質問をしてくれる。
「ほら、個人の喫茶店って値段高めだし、今はスタバとかの方が入りやすいですし」
「そうかもしれないですけど、こうして店長さんと話しながら、ゆっくりするのに憧れる子も多いと思いますよ?」
「あはは、ありがとう。私も学生時代にこんな店に憧れてね。それでいつかは店を持ちたいなって頑張ってみたんだ」
彼女のまっすぐな態度に、私は敬語を使うのも忘れて、そんな自分語りをしてしまう。
「店長さんも憧れてたんですか?」
「うん。ドラマの影響で憧れてたんだ」
「私もおんなじです!」
彼女と話しながら、カフェオレ用のコーヒーをドリップし始めると、一気に店の中にコーヒーの香りが広がって、私は興が乗ってしまい、また必要の無い事を話始めてしまう。
「でも、初めて喫茶店に入ったのは、君と同じくらいの時でね。初めて出来た彼氏とのデート前に、下見で入ったのが初めてだったな」
私が昔を思い出しながら話していると、彼女はまた顔を赤くして下を向いてしまう。
「……私もなんです。今度、好きな人と喫茶店に行こうって話になって、その下見に」
小さな声で呟く彼女に、私は益々親近感を覚えてしまう。
「なら次は、是非彼と来てくださいね」
「は、はい!」
彼女の気合の入った返事に私は笑顔を返しつつ、次に来る彼女が一人では無いと良いなと願いながらドリップを続けた。
選択肢
1『男性と来店する』 2『女性と来店する』 3『一人で来店する』 4『その他』
企画ページ
https://note.com/rionokosyo/n/nf4cb33d472e9
最初のコメントを投稿しよう!