月をあおぐ

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 アパートのベランダからは、隣りのアパートの外廊下とわずかな夜空しか見えない。  今夜は満月らしいんだけどなぁ、と穂乃ちゃんが残念がる。  6月の満月はストロベリームーンと言うらしい。 「山羊座の満月はあなたを成熟した大人へと生まれ変わらせます。」  穂乃ちゃんがスマートフォンの星占いのページを読み上げる。  女の子って、いくつになっても星占いなんかが好きなのかな?  6月って双子座じゃなかったっけ。  スマートフォンの画面からの光に浮かび上がる穂乃ちゃんの鼻と瞳。 「律ちゃん、行こう。見に行こうよ。ちょっとだけ。」  僕は鴨居に所在無さげに吊るされているリクルートスーツを、横目で見る。  穂乃ちゃんは、僕がすでに頭を洗って、ついでに身体も洗って、寝る準備が万端だって分かっているんだろうか。  僕は明日の面接のことで緊張していた。  穂乃ちゃんと抱き合って眠ってしまいたかった。  結局、僕は穂乃ちゃんに甘い。  靴下を履き直してスニーカーに足を突っ込む。  スリッポンシューズは爪先に穴の空く直前が良い心地なのだ、というのが僕たちふたりの共通の見解。  穂乃ちゃんはアパートの階段の踊り場で、ダンスをした。  じだんだを踏んでるようにしか、見えないけど。 「良い選曲。さすが律ちゃん。」  片方づつ分け合うワイヤレスのイヤホン。  僕が右耳、穂乃ちゃんが左。  僕たちは月を探しに出かけた。
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