月をあおぐ

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 Moon river  Dancing in the moonlight  Pink moon  Shoot the moon  僕たちは月が付く曲の名前を挙げていった。  I know the moon  Moonlight saving time  これはブロッサム・ディアリーが好きな穂乃ちゃんのチョイス。  Fly me to the moon は外せない。  大人になるには何の役にも立たない知識。  僕たちは、僕たちの小さな友達の輪。small circle of friends の中の人気者だった。  チープなプラスチックのターンテーブルを2台並べるのは僕のアイデア。  電池で動くポータブルプレイヤーは芝生の上にぴったりだ。  穂乃ちゃんのが水色、僕のがオレンジ。  ブランケットの上にレコードを並べて交代でかけた。  友人たちが代わる代わる立ち寄って、ウクレレやバイオリンを弾いたり、かくれんぼをしたり、食べたり飲んだりした。  休みの日の大学の芝生の上。  時間も場所代も電源の制約もない、晴れた午後のピクニックDJは素敵だった。  振り返ると夢みたいだ。  静まり返った工事現場のわきを通って駅前の公園へ向かう。  市立図書館の妙にモダンな建物の、大きな窓ガラスに僕たちが映っている。  ひょろっとして猫背の僕と、ひょいひょい飛び跳ねている小さな穂乃ちゃん。 「明日はどういう会社だっけ?」 「えーと、生命保険の関連の調査の……。」  大手はもう、募集を締め切ってる。 「律ちゃんがお勧めしたら、みんな保険に入ってくれるよ。律ちゃん、スーツ着るとかわいらしいじゃない?」  穂乃ちゃんがスキップする。  保険会社、じゃないんだけどな。  これは穂乃ちゃんなりの励ましなんだろうか。 「でも、保険ってなんだろうね。ほんとうに60歳とかまで生きると思う?」  穂乃ちゃんはマンションのショールームのきらびやかな明かりの前で立ち止まった。  スポットライトを浴びるみたい。 「律ちゃん、ここに住もう。」  マンションの完成は来年の夏予定、らしい。  来年の夏だなんて。  くらくらする。明日のことさえ分からないのに。 「何でここなの?」 「Delight!」  穂乃ちゃんが僕の手を取って微笑む。 「という名前が気に入った。」  Park Home plaza Delight YAMAHANE というのがマンションの名前だった。  あれは好き、これは好きじゃない。  シンプルなルールで僕たちはやってきた。  ショコラ・ショーは言い方が気取りすぎてるから、ココアがいい。  エルマーのぼうけんの、みかん島とどうぶつ島なら、だんぜんみかん島の方がいい。名前がいい。  冒険になんて行かなくていいんだ。みかん島にずっといる。  
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