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「唯太は? 高校でもバスケ部やる?」
唯太は、少しだけ考えるような仕草で首を傾げたが、それにしてはあっさりと、やらないかな、とだけ答えた。
「なんで! 続ければいいじゃん! 唯太身長あるし、上手いんだからさぁ」
「えー、でも、秋吉は入らないんでしょ?」
「えっ?」
「え? だって俺、そもそも秋吉に『唯太もバスケ部入ろうよ!』って誘われたから入ったんだし」
そうだったっけ。言われてみれば、たしかにそんなような記憶がよみがえってきた。
とはいえ、べつに俺がいなくても入ればいいのに。もったいない。俺はなんだかまた可笑しくなって笑った。
「ははっ! 唯太って~、意外と主体性がないよね!」
「……秋吉は笑顔で失言が多いよね。あ、そうだ、いちおう報告があったんだった」
「え、なになに?」
「別れた」
無表情で淡々と、別れた、と口にした唯太だけど、俺はそれが何のことだかわからなくて、意味を理解するのに数秒かかった。
妙な間のあとに、恐る恐る、マジで? と聞くと、数秒前と寸分たがわない表情と声色で、マジで、と返ってきた。
「マジで!?」
「マジだってば」
「……フったの? フラれたの?」
「フラれた」
「えええなんで!?」
「なんか、間がもたないって。こんなに喋らないやつだと思わなかったって」
沈黙、サードシーズン。
──チリンチリン!
坂の途中で立ち止まった俺たちの横を、一台の自転車が走っていった。
それが過ぎた頃、何かの合図みたいに、俺はもう声をあげて笑い出してしまった。身をよじりたいのに、松葉杖だからできない。苦しい。腹痛い。
涙を流してヒーヒー笑う俺を、唯太が傍観的にただ見ている気配があった。
「……そんな可笑しい?」
「おっ、可笑しいわ! はははっ、ちょっ、く、苦しい! 死んじゃう! はは、ゆ、唯太見てないで助けて!」
「じゃあ秋吉のカバンここ置いとくね」
「ちょっとおおお!」
十五年間生きてきて今日が一番笑ったかもしれない。
ようやく笑いが引いた頃にそう言ったら、唯太は淡々とよかったね、と答えて、踵を返して歩き出した。俺は慌ててそのあとを追う。だけど唯太は早足でどんどん坂を上がっていってしまう。
もしかして怒ったかな、と焦る。せっかくまた話せるようになったのに、これはまずい。俺は松葉杖を動かして、唯太に追いつこうと坂を上がる。
汗が流れる。滴が一つ、アスファルトに落ちるのを見た。蝉の鳴き声。息が切れて、いつのまにか肩が上下していた。
顔を上げる。坂の上で、唯太が立ち止まっていた。それを見た俺は、また松葉杖を動かした。
なんとか坂を登りきると、
「お疲れ」
唯太が笑って、俺に言った。
ちくしょう他人事だと思って。憎らしく思いながら、俺も笑って、向けられた掌を掌で打った。
パンッ、と試合に勝利したあと体育館でよく聞いた音が響いた、坂の上。
「唯太、俺もう疲れたからあとおぶって……」
「諦めたらそこで試合終了だよ」
どうやらまだ道は長いらしい。
俺たちは並んで、また歩き出す。
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