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天井の低い子供部屋で育った。頭の上で常に誰かの足音がしていた。笑い声が聞こえた。
薄暗い部屋の中で、自分を何度も見失った。そうして、暗闇に沈んでいると天井の扉が開き、折り畳み式の梯子がおり、母の足が見える。
「……ごめんね」
暴力的な日もあったが大抵は弱弱しく、泣き虫な人だった。だから、だんだんとこの人には自分が必要なんだと気づき始めた。
テクニックなんて覚える余地もないはずなのに、子供ながらその弱みに付け込んだ。そうすることで助かるように思えた。
天井から怒声と共に何か、たくさんのものが流れ 落ちていく音がした夜。僕はついに子供部屋から出してもらった。
そのあとのことはよく覚えていない。ただ、聞いた話では母親は僕の存在を隠して男と付き合い、男も僕の存在に気づきながらも見て見ぬふりをした。
しかし、その関係は破綻し、男が僕の存在を警察に告げて、母は捕まり、僕は救出された。そうして親戚のもとに預けられた。
そんな話が自分のことであるとは、今でもにわかに信じがたい。しかし、なぜか最初から持ち合わせている「たぶらかし」の才能、そして「たぶらかす」ために無意識に自分を飾った姿。それがある意味証拠でもあった。
「アイドルとか興味ない? あるでしょ? そんなにイケメンならなれるって思ったことあるよね? てか、もうそうだったりって。もしかしてモデルさんかな~」
そんな怪しいスカウトに出会い、育て親に相談した。向こうも向こうで僕のことがお荷物だったようで。
「あんたに合ってるよ」
なんて無関心に笑った。
そんな、『自分』なんてよくわからないまま、流されるままに生きてきた。
アイドルとして階段を歩む中でも、自我やプライドが育つことは無かったし、ある程度から伸び悩んだ際には『カリスマ性』のなさが原因だと、怒鳴られたりもした。
ただ、一つ楽しかったのが演技だった。
誰かに成れる仕事がある。その間、僕は借り物でも誰かの自我をもらえた。
でも、今回は。
僕とは逆だった。
悲惨な幼少期の自分とは違い、このキャラクターは幸福で普遍的な日常を過ごしていた。
ちょうど、今の僕と同い年くらいに、就職先で精神をすり減らしていく。
僕は今となっては誰もが知る一時のスターだ。
ヒロトが転落人生をたどったのは明確に強い自我があったからだ。両親から愛を注がれ、誕生日やクリスマスには欲しかったものをプレゼントされた。部活で汗を流し、趣味を持って、時には嫌でも我慢して勉学に励み、大学では初めての一人暮らしに羽を伸ばしすぎて苦い経験を積み重ねる。
脚本の中にはそんなこと一文も書いていない。あくまでこの『デカダンス』は醜悪の美を謳う作品であり、彼が転落して、追い詰められていく姿が主だ。
でも、過去のまだ良かったころに戻りたいと切実に願う姿や、両親も「どこかで良くなるよ」と最後までヒロトを見捨て切れない姿を見ると、むしろ『楽しかった過去』についての妄想が膨らんでしまう。
でも、それはただ「そうであって欲しい」という僕の妄想を押し付けているだけに過ぎないのかもしれない。
そんな人生に、憧れているだけなのかもしれない。
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