変格前夜

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 平日の正午過ぎ、ランチタイムがもうすぐ終わるといった中、せわしなくオフィスに戻ろうとする人々の逆を歩く男がいた。  背を丸め、視線はせわしなく動き回り。右の手で左の肘を握りしめ、口で深く息を吸って吐く。  足取りはぎこちなく、皺だらけのヨレた服。そして、生きているのかわからないほど生気のない表情。  スーツ姿の活気ある人々の間を縫い歩き、当てもないように進んでいく。  岸部ジュンペイは、主演の座を下ろされた。 『デカダンス』は失敗に終わった。交代で導入された俳優の演技力に誰も文句はなかった。しかし、誰もがあのSNSを見ていたため『ジュンペイだったら』を思わずにいられなかった。  さらに、ジュンペイが役を下ろされた理由として公表されたのは『役作りに没頭した末に、精神を病み、撮影が不可能になった』という内容だった。  実際は、この言葉通りであるが少し違う。 「あっ。。。あ。」  向井ヒロトとなったジュンペイは、もはや演技ができない状態だった。アイドルであり、役者の才をもつあの男ではない。ゆえに、セリフが頭をから飛び、挙動不審になり、最終的に逃げ出した。  監督はあらかじめ代役を用意していた。  役作りにのめりこみ、読み合わせにも参加せず、脚本の樋水にもアドバイスをもらうことをしなかったジュンペイに不信感を抱き抱いていたのだ。  現場に現れたジュンペイに対して、その場にいた原因が期待をした。この作品は本当に社会現象になるだろう。日本の映画史の中に名を刻むだろう。  次第にその期待は薄れていく。この事件を知る者の中には「役者としてキャラクターに食われたらおしまいだね」とのちに彼を笑ったものもいる。  そうして、幕を下ろしたデカダンス。
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