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「日向はまだカノジョもいないんよ」
千紗子は、古都に向かって話しかけていた。古都は困った様子の千紗子に「顔はいいと思いますけどね」と呟く。古都が良いと思っているのは、あくまで、“顔”だ。
「そうそう、古都ちゃんも、彼女おらんのじゃろう?」
「えぇ、そうなんですよ」
「俳優っていうなぁ、不自由じゃろう?」
「いえいえ。好きでやってるのでいいんです」
「ほんと? そりゃ、えかったんじゃ」
千紗子がニコッと笑う様子を見て古都も微笑んだ。営業スマイルであることは、誰がどう見たってバレバレである。
「はよぉ結婚して、孫の姿でも見せてくれんかのぉ……」
千紗子の口から何気なく放たれた“孫”という言葉に古都は、ピクリと反応する。
「そうですね、早くお孫さんが見たいですね」
きっと、日向には、美しい彼女ができるだろう。『そして俺のことなんてすぐ忘れる』古都は思う。
「古都ちゃんも、はよぉ、お嫁さんつくりんさいのぉ」
「そうですね」
日向に、優しい優しい美しい彼女が出来れば、きっと彼は幸せな道を歩めるだろう。きっと、自分では日向を幸せにできない、と古都は心の中で感じていた。
避ければ良いのだ。
彼を幸せにするには、避けて避けて避けて、逃げてしまうが手っ取り早い。古都が、近くにいてはダメなのだ。
避けようとする古都のその行動が、この後、日向を激怒させるとは知らずに、古都はまた一歩日向の元から遠ざかっていく。
ーーー好きな人の幸せを願って何が悪いのだ。
『その先に、自分がいなくたって、彼が幸せなら、笑えるなら喜んで俺はいなくなるだろう』
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