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「大変です!」
無事に収録が終わり、ほっと一息ついた古都に対し、彩華はそう叫んだ。彩華の顔つきから見て、ただ事ではなさそうである。
突然の大声に何事かと、スタジオにいる人たちが、一斉に古都の方を見る。『次から次へとなんだ……?』と、古都は呆れながらも、一旦、彩華をなだめようとした。
「ちょっと、西原さん……。声が大きいです」
「あっ、すみませんっ!」
一回は素直に謝った彩華だが、落ち着いている古都を見て、また大声を出す。
「明日の出張ですが………!」
次の彩華の言葉に、古都ーーー否、周りにいた人たちが凍りつく。
「実はホテルがまだ取れてないらしいですッ!」
その言葉に数秒固まり、ふいに深呼吸する古都。それから、盛大なため息をついた。明日は映画撮影のために、三週間の出張に旅立つ日だというのに、まだホテルが決まってないとは何事だろうか。古都は「嘘だろ」と言う目つきで、彩華を見つめた。
だが、見つめれば見つめるほど、彩華は目を逸らしたがった。うむ。これは、本当らしい。だとしたら大事件だ。出張先は、広島である。自宅(東京)から通うには、随分と無理がある。
古都と彩華は、顔を見合わせて思考を巡らす。どうしよう。どうしよう。どうする?
そんなふたりを見かねてか、誰かの控えめな声が響いた。
「あの……、よかったらその三週間、僕の実家に来る?」
「こーくん」と、優しく俳優の名を、呼ぶ小説家。なんとも、偶然。彼の実家は広島なのだ。
「「え?」」
古都と彩華は、見事に声を揃えて反応した。
***
日向は、未だに状況理解が出来ていない古都を差し置いて、ルンルン気分で、広島へ旅立つ準備をしていた。
「こーくん、僕の実家に来るの久々だね」
「今のこーくん見たら、母さんきっとびっくりしちゃうよ〜」と笑う日向。古都はよーーく考えて結論を出した。『これは日向とお泊まり会ルートなのでは?!』出た結論に、古都は絶句した。
「ひな………いや、鳳さんは彼女とかいないの? 怒られない? 彼女さん放って、俺といるなんて」
古都は、どうにかお泊まり会ルートを回避しようと試みて、彼女説を推す。彼女がいるのに放っとくなんてだめだよー、とかどうとか言って、このルートを回避できるかと思った。そんな言葉を聞いて、日向はカラッと笑う。
「日向でいいよ、高校の時みたいに」
“高校の時”という言葉に、古都は、目を細めた。何を今更と思った。“高校の時”と言われても、あまりに環境が変わり過ぎている。古都も、日向も、変わってるのだ。あの時みたいに戻れるわけがない。
だが、ここで呼ばないのは、あまりにも不自然だと考え直し、古都は改めて日向と呼んだ。
「それで、日向は彼女いないの?」
「いないよ。こーくんこそ、彼女いるでしょう?」
「いないってば。相変わらず」
「なんで」と不思議そうに首を傾げる日向。古都は『知らないよ』と、心の中で、嘆いた。彼女ができない理由なんて、自分が一番知りたい。
「こーくんは別嬪さんなのにね」
日向の言い回しに、古都は目つきを変える。
そして、『早く彼女が出来ならいいのに』と、古都は思った。日向に、彼女がいたらどんなに、よかったことか。
『日向に彼女がいたらーーー』
きっとこの気持ちに、こんなにも悩むことはなかったのに。
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