88人が本棚に入れています
本棚に追加
『……ん?』
二人のその様子を見て、ふと疑問を感じる店員。二人の様子は、側から見てもはや友達以上であった。
友人に、そんな愛おしむような視線を送るだろうか? そんな恋する乙女のような瞳で友人を見つめるだろうか?
『いいや、待てよ……?』
女性店員は、鈍感な頭をフル回転させて、答えを導き出そうと試みる。だが、一向に答えは出てこない。それに、お客様のプライバシーを詮索するのは、いち店員としていただけない。女性店員は考えるのをやめて、試着の時計を日向に手渡した。日向はそれにはにかんで応じる。
「時計ありがとうございます」
日向はそう礼を言って、女性店員から試着の時計を二つ受け取った。そして、片方を古都に手渡す。
「すごいね、こーくん。これ案外軽いよ」
「そだな……」
驚きで目を見開きながら、時計をまじまじと見る日向。古都も表情や言動には出さずとも、時計の軽さに驚いてた。
日向は安堵したのか、こーくん呼びを控えることが頭から吹っ飛んでいる。
『こーくん……か。なんか馴れ馴れしい呼び方だなぁ。このお二人は仲がいいのかな?』
女性店員は、微笑ましくその様子を見ていた。時計を持ち上げたり、なんなりしている日向。
「僕はこの時計、気に入ったなぁ。こーくんは?」
「……俺も。気に入った、かな。」
時計を満足げに見る古都。その様子を見て、日向はニッと笑った。どうやら、二人の意見は一致している。
「じゃあ、これにしようか」
「ああ、そだな」
二人の意見が無事に一致して、このシンプルな白と黒の時計を買うことになった。古都と日向は見合って笑う。とてつもない決断力だと、店員は感心した。こんな早く決まるものなのか、と。
「え〜っと、この時計っていくらでしたっけ?」
「あ、ええ。一点で、二十三万ですよ」
店員の放った二十三万という金額に特に驚くこともなく、日向はにっこり「そうですか」と微笑んだ。
『金持ち……、なんだろうな。お金持ちの品格っていうの? そういうのがある気がする』
『若くして金持ちで、しかもこんなにも顔が良いなんて……きっと、すごい実力者なんだろうな』店員はそう考えた。日向は、古都と何やら話す。
「二十三万。十万よりだいぶオーバーしてるけど、これ気に入ったんだし、これでいいよね?」
日向の問いに、古都は首を縦に振った。予算は大幅にオーバーしているが、つけ心地が軽くて驚くほど良かったので、値段はこの際関係なかった。何より、二人が気に入ってるものである。お金がどうとか言ってられない。
「二十三万が二個で、四十六万。どっちも、僕が払っちゃうね」
穏やかな笑顔を浮かべてそう言う日向。古都は「は」と驚きの言葉を洩らした。
「いや。五十万くらいなら、俺が払うぞ?」
「え? こーくんに払わせるつもりはないよ。僕が払っちゃうよ」
「……いや、でも」
古都が出しかけた言葉を、日向がそっと静かに遮る。とびっきりの幸せそうな笑みを浮かべて。
「どうせ、これからは二人でお金をやりくりするんだし?」
「僕が払っちゃうよ」そう言う日向に、古都は何も言えなくなった。ただ黙って何かを訴えるように、日向の方を見ていた。日向はその視線の先で、大丈夫とでも言いたげに微笑んでいた。
「じゃあ、もう払わせてもらいますね」
日向の言葉に、女性店員は慌てて頷く。古都はその様子をまだ黙って見ていた。
日向はサッと財布からクレジットカードを取り出して、速やかに支払いを済ませた。
「時計、お買い上げありがとうございました!」
店員が深々と頭を下げてそう言った。そう言いながら、店員は頭の隅でふたりの関係のことを考えていた。
最初は友達かと思っていたが、今、改めて見ると友達以上に見える。一体、この二人はどういう関係なのか。
ふたりは楽しそうに話しながら、買った時計の箱を幸せそうに見て、店を出て行く。その後ろ姿をじっと見つめながら店員は、ふと気がついた。
『……そういえば、あのふたりの顔、どこかで見たことあるような』
少しの時間、全記憶を掘り起こして、思い出そうと試みる店員。あの顔、絶対見たことある。思い出せ、思い出せ。
「ん? え?! あっ?!!?」
思わず口から大声が洩れ出す。
不意に頭に浮かんだ二人の有名人の顔。先ほどまで見ていた客の顔と、それが見事に一致した。
その衝撃の事実に気が付いた店員は、青ざめる。あの顔は間違いない。間違えるわけがない。
あの二人は、若者の絶大な人気を誇る俳優の夜桜古都と今、話題沸騰している恋愛小説家の鳳日向だ。
そこまでの結論に至って、店員は眩暈がして倒れそうになった。
確かに、彼が本当に夜桜古都ならば“こーくん”というあだ名がつくのには納得がいく。それに、彼のマスクと帽子という、あまり顔を露出していないコーデにも納得がいった。
『………え? うそ、でしょ?』
店員の頭の中でフラッシュバックする、恋する乙女のような二人の瞳。
「え、まさか……? そーゆーこと、だったの…………?」
女性店員はそれだけポツリと呟いて、その場にへなへなと力なくしゃがみ込んだ。もう立つ気力さえ残っていない。ただ真っ赤な顔を手で覆い隠して、ため息をついた。
そして、もうあのことは、あの二人のことは、見なかったことにしようと決めた。彼ら二人の世間のイメージと平和な世界のためにも、あれはなかったことにしよう、と。
***
ーーー古都と日向があの店へ行ったあの日。
彼らが俳優と小説家だと気がついたのは、あの女性店員しかいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!