君の好き

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 ふたりは、時計の入ってる箱を満足そうに見つめた。よい買い物ができて、日向も古都もにっこり笑顔。 「お目当てのお揃いの時計も買えたし、どうする? こーくん、他に買うものある?」  日向はニコニコした顔のまんま、古都に尋ねた。古都は「ん〜」と一瞬、悩んだ素振りを見せる。そして、数秒考えた後に「ない」と答えた。 「日向は、何かあるのか?」 「うーん、僕も特にないかなぁ」  そう言ったはものの、何かを思い出したかのようにすぐに「あ、でもさ」と話を繋げる。 「どうせなら、家具屋さんで家具とか見ていかない? 今日買うとまでは言わないでも、見るだけ見てみようよ」 「……確かに」  日向の言葉に、古都はコクリと頷く。その様子を見て、日向はえへへと笑った。とっても嬉しそうな笑みを浮かべている。 「意見一致したことだし、早速、家具屋さんに行こうか」 「そだな〜」  ふたりは、歩調を合わせながら、特に当たり障りのない話をして、家具屋さんへ向かっていった。 ***  ショッピングモール一階。モールの一角を、占める大きな家具屋さんに、日向と古都は行き着いた。 「わわわ〜! 見てみて!!」  「おっきなベッド!」日向は展示してある大きなダブルスベッドを見るなり、そう言った。確かに、日向の家のベットより大きい。古都も「そだな」と相槌を打つ。 「え? こーくん、なんだか、テンション低くない?」  日向は、古都の至って冷静な対応に不思議な顔を見せた。確かに、日向のテンションに比べて、古都のテンションは、今、圧倒的に低い。  きっと内心は、テンションが上がってるのだろうが、顔に出ないため分かりにくい。 「いや、別に。テンションが低くないけど……」 「低く見えるの! マスクと帽子であんまり表情見えないから、どんな顔してるかわかんない。一回でもいいから、マスクから溢れるぐらいの笑顔、見せてみてよー!」 「…………笑顔、か」  愛しの人からのリクエストを、断れるわけもなく。古都は、マスク下で仕方なく顔を綻ばせた。マスクがあってもわかる、溢れんばかりの自然な笑み。作り笑顔とは相当思えない自然さ。むしろ、自然すぎて、胡散臭さを醸し出している。  その笑顔を見て、日向は少しはにかんだ。古都は古都で、笑顔を見せるというのは恥ずかしいらしく、すぐに普通の表情に戻った。 「うん。なんというか……やっぱり俳優なんだね」 「………そりゃあな」  まだ羞恥を感じて、頬を紅潮させている古都を見兼ねて、日向は他のベッドの方へ駆けて行って「すごいね」と言った。 「めっちゃこのベッド大きい」 「た、確かにな」 「え……っと。とりあえず、家具を見るって言ったけど、新しい生活する上で何が必要だと思う?」 「家具じゃないのか?」 「い、いや、家具は必要なんだけどさ….…」  日向は古都に「具体的になんの家具買うのさ?」と聞いた。 「とりあえず、こーくんも僕も一人暮らしで使ってきた家具あるじゃん? それをそのまま新しい家でも使う?」  日向に問われて古都は、コクンと頷いた。それなら、生活に必要な家具は全般揃うだろう。 「じゃあ、買い足すのは………」  日向はそこで言葉を止める。そして、何かを考える。古都は、全く、日向が何を考えてるのか分からなかった。 「……あのさ、もし寝るとなったら、二人で寝たい? それとも、別々に寝る?」  その質問に、古都は何も言えずに固まった。だいたい、日向の予想通りの反応だ。 「僕は、まあ……寝られるなら毎晩、こーくんと一緒寝たいけれどーーー俳優さん大変そうだし、一緒に寝るか寝ないかは、こーくん次第でいいよ? どうする?」 「……俺も、日向と一緒に寝たいよ」 「ほ、ほんと?!」 「でも、日向だって小説家として大変だと思うし、俺だって寝るのはいつも遅い。寝たいけど、寝れないよ」  と、きらきら目を光らしている日向を前に、古都が静かに言う。  古都の言う通り、ふたりともあまり生活リズムが噛み合っていなかった。なんせ、大人気な俳優と、今を輝く恋愛小説家である。一緒にいられる時間も少ない。  静かにそう言った古都とは真逆に、日向は自信満々に笑顔で言った。 「大丈夫だよ。寝たいなら一緒に寝よう。 」  「確かにこーくんは、俳優さんだし忙しいから、日を跨いで寝る時もあるかもだけど、そしたら別々に自室で寝よう」日向は笑って、そう言った。 「こーくんだって疲れてるのに、僕にまで気を遣いたくないでしょ?」  爛々の笑みを浮かべなかなか食い下がらぬ日向に、古都はコクリと頷いた。  それぞれ自室にもベッドを置いとけば、別々にも寝ることができるし、どちらかのベッドをクイーンサイズにすれば、気が向いた時、いつでも一緒に寝れる。  だが、肝心のクイーンサイズのベッドを、どちらとも持っていない。ふたりとも、そもそも一人暮らしだった。 「じゃあ、買うべきはクイーンサイズのベッドだね! 奮発して高いの買っちゃおうよ!」  とっても楽しそうにして、日向はそう言った。古都が絡む散財には、全く躊躇いがないご様子。 「そうだな。勿論、俺が払うよ」 「何言ってるの?! 僕が払うってば。言ったじゃん、さっきも」  古都の一言が放たれた途端に、ムッと不満むき出しにそう言う日向。意地でも古都の財布からお金を出させないつもりだ。古都だって、そんな日向を前に負けずに、意地でも金を払おうとする。日向に払われてばっかじゃ、古都だって申し訳ない。 「日向は、さっき、払ったから払わなくていいって」 「いや、僕、有り余るほどお金持ってるから! ね? 大人しく払われてよ」 「その話なら、俺の方が持ってる」 「僕の方が、持ってます! 絶対!!」  そうやって、謎の張り合いをするふたり。どちらも、お金を持ってることには違いなかった。  絶対に、折れるつもりのなさそうな日向を見て、古都は『折れるしかなさそうだ』と、感じ取る。日向は、こう見えて意外と、頑固なのだ。こう言い出したら、聞く耳など持たない。 「…………わかった。支払いは、日向に任せるよ」  古都は、目を細めながらそう言った。マスク越しでもわかるぐらい、不満が滲み出ている。そんな不貞腐れたような古都を見て、日向は「えへへ」と慰めるように微笑んだ。 「こーくんに払わせるのは、悪いじゃん。やっぱり」  日向の慰めるような口調に、古都は黙り込む。黙り込んで、静かに思った。 『俺だって、日向にばっか払わせたくないってば』  悪いと思っているのは、決して、日向だけではないのだ。古都だって、もらってばかり、甘えてばかりは、嫌なのだ。  もらってばかりで、おんぶに抱っこ。大切にされてるばっかじゃ嫌。 何も出来ないのならば、変わっていない。何も出来ずに立っていることしかできなかった、あの時ーーーおばあちゃんが必死に手の震えを隠して笑っていたのをただ見ることしかできなかったあの時と、変わっていない。  そんなの、古都は嫌だった。
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