『自覚』そして『逃げ』

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『自覚』そして『逃げ』

「こーくん、明日からだよね? 撮影」  そう問いかける日向に、古都は「ん」と、小さく答えた。『相変わらず、だな』と、高校時から変わらない古都の反応に、日向は笑って思う。 「朝は、何時頃に起きる?」 「五時頃」 「まぁ、お早くて」 「起こさないように気をつけるから、気にしないで」 「はは。気にしないどころか、僕起きるよ」  なんで、とでも言いたげな視線で、見つめてくる古都に、日向は苦笑いし、こう返す。 「どーせ、こーくん寝起き悪いし、朝食食べないでしょ」  図星のことを言われて、古都は顔を顰める。いつも早朝の撮影の場合は、タイマーを五分おきにセットし、ギリギリ間に合う時間帯にやっと起きて、目を覚ます為に珈琲だけ飲んで、行くのであった。朝食なんて食べる暇ない。食べたらほぼ確で遅刻だ。  にしても、この同級生はなんて、お人好しなのだろうか。目を逸らしながら「んなことないし」と古都は反論する。なんとも頼りない反論であった。 「そう言って、こーくんはいつも遅れるでしょ?」 「修学旅行の時だって…」と言い出す日向に、古都は「いつの話だよ」と呆れた。  ………次の日。 「ほら、言わんこっちゃないね」  只今、5時ぴったり。古都はぐっすり、気持ちよさそうに、夢の中にいた。そんな古都に、日向はため息をつく。 『やっぱり、高校生の頃から、なにひとつ変わってないじゃないか……』  日向はクスクスと笑った。高校の頃から、変わっていない彼自身が、日向にはどうしても懐かしく、そして可愛く思えた。 「…………?」  いつもの格好良さとは一風変わった、可愛らしい寝顔の古都を見て、日向は奇妙な感情を抱いた。『なんだ、これ』と名付けようのない感情に、襲われる日向。  “喜び”? いや、そんなのじゃない。昔を尊ぶような、そんなものでもないな。“悲しみ”、そんなものでもない。“友愛”、それとも少し違う。じゃあ、一体? この感情は、どういう思い? ーーー“恋情”?  ふと、頭をよぎったこの一言が、珍妙なこの感情と意図せず一致する。根拠も何もない。ただ何故か、わかる。これは恋情だと。この感情こそが恋情である。恋情とは、この感情のことである。  日向は、急いで、心臓の場所を確認した。 『そんな……、馬鹿な』  心臓の鼓動は、どうしても嘘をつけない。  どくどくどくどくーーー心臓は、大きな音で、早く早く早く、大きく大きく大きく、脈を打った。  一体、これを恋と呼ばずに、何と呼ぶのか。  恋愛小説家にも、それは、分からなかった。
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