君は僕を分からない

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「今どこにいますか?」 目の前にいる君にそう聞かれるのは何度目だろうか。 君の言っている意味は分かってる。 君は僕を探しているのだと。 僕はその度に「目の前にいるよ」とは言わない。「どこだろうね。もうすぐ来るかな」と、曖昧な返事をしてしまう。 君は30年ほど前、認知症という病気にかかってしまった。昔のことは僅かに覚えているらしいが、最近あったことは覚えられないらしい。 目の前にいる今の僕は、君の覚えている昔の僕の姿ではない。 君は、僕を認識出来ない。 30年たった今、歳をとり、シワも増え、痩せてきて、声も枯れ。転べば簡単に骨を折ってしまうほどの容姿になった僕は30年前とは全く違うのだろう。 それでも、目の前いる君の手を取り、そっと手を繋げば。 「ああ、あなた。そこにいたのね」 と、その手の温かさを懐かしむように。嬉しそうに、昔の君のように笑う。 そんな妻を、僕はこれからも愛している。 終
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