落下した十九の冬

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壁に掛けられた年季の入ったライダース。 半分ほど残っている檸檬色の香水。 真鍮のトレーに無造作に置かれているピアス。 端々に奏人の欠片が散らばった部屋は分厚い黒のカーテンで閉ざされ、薄暗かった。 「はい、学生証」 「ありがとう……」 学生証を手渡すと奏人はベッドに腰を掛けた。 上半身に何か羽織る様子もなく、タオルで髪を乾かし始める。 すぐそばに私がいるのにも関わらず、まったく私の方を見ない。 小声で鼻歌を口遊み、気持ちよさそうに瞼を閉じて髪を乾かす。 きっと私が奏人を見ても気付いたりはしない。 少しのスリルを胸に、視線を動かす。 伏せられた長い睫毛に、水滴で濡れた耳のピアス。 左耳の拡張されたピアスホールは近くで見るととても大きい。 どれくらいの歳月をかけてこの大きさにしたのだろう。 私の指なんて余裕で通せそう。 拡張するときの奏人は、どんな顔をするのだろう。 奏人はまだ瞼を伏せたまま髪を乾かす。 調子に乗ってしまった私は奏人の躰に視線を移した。
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