それは見世物小屋

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「あ、外山くん。信号、青だよ。渡っちゃおう」 チカチカと点滅をはじめた信号を指差した。 外山くんは一瞬だけ視線を足元に落とし、「次にしよう」と言った。 点滅しているとはいえ、急げば渡り切れる。 ヒールを履いている私を気遣ってくれたのだろうか。 少し待つと信号はまた青に変わった。 一斉に人が行き交う交差点。 駅前へ着くと、待ち合わせしたときよりも少しだけ人が(まば)らになっていた。 それでもじゅうぶんに混んでいるけれど。 久しぶりの晴天のせいか、誰もが皆、穏やかな表情に見える。 今日は本当にいい天気。 そういえば、あのときの空もこんなふうに真っ青だった。 外山くんがシャワーを浴びているときに、絶望した気持ちでホテルの窓から見た空も――。 視線を動かすと外山くんと眼が合った。 青い空を背景にした外山くんはまるで写真集の一ページのようで、素直にきれいだな、と思う。 芽衣子もそうだけれど、きれいな人はなんてことのない背景でも、シンプルな服でも、いつでも、どこでもうつくしい。 私、こんな人に馬乗りになって胸ぐらを掴んでしまったのか。 急に笑いが込み上げ、ふふ、と笑いが零れた。 外山くんは不思議そうに首を傾げ、静かに微笑む。 ホテルで会ったときはのっぺらぼうだった外山くん。 けれどいまは、こうして微笑んでくれる。 「――理香ちゃん?」 一瞬、心臓が()んだ。 そしてすぐさま、さっきよりも活発に、跳ねるように動き出す。 どんな人混みでも聞き間違えるはずのない声。 ゆっくりと振り返ると、恐ろしいくらい冷たい二つの瞳が私を見下ろしていた。
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