落下した十九の冬

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煙草と灰皿、檸檬色の香水。 生々しい、薄っすらと赤い口紅の付いた吸い殻。 冷蔵庫とエアコンの微かな音だけが流れる。 「―――煙草」 「え?」 反射的に奏人の方を見てしまった。 何かを見抜いているような、追い詰めるような瞳。 胸が苦しいのに眼を離せない。 「部屋、煙草くさくない?」 「ううん……いい香りがする」 煙草よりも金木犀とオレンジの香りがする。 はじめて奏人を見たときから、ずっと覚えている香り。 「香水かな。この香り、好き?」 「……好き」 見つめ合ったまま口にした「好き」という言葉。 私はこれまで持っていた、奏人に対する強烈な感情の名を自覚した。 そして自覚した瞬間、その感情は私の中にぽっかりと穴を空けた。 幸せな気持ちになれるはずの感情。 けれど相手が奏人では、そうはなれなかった。
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