落下した十九の冬

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漫画喫茶に誘われたことはある。 けれど漫画を読んだり、一緒に何かを観たりなんてしない。 そうだろうと予想はしていたから、がっかりはしなかった。 隣の人と壁一枚だけで隔てられた、四角い空間。 奏人は「声を出したらどうなるか、わかるよね」と抑揚なく言い、いつもより執拗に攻めた。 口に手のひらを押し当て、私は必死に声を押し殺す。 腿と腿と摺り合わせながら身を捩っていると、膝に触れるものに気が付いた。 「口に、ちょうだい」 私はピアスでいっぱいの耳元に囁く。 ベルトを緩めジッパーを下げ、口の中で包み込んでいく。 最初は不安でいっぱいだったその行為は、すっかり好きになっていた。 口の中で強度を増していくと胸は高鳴り、唇を噛んで少し切ない顔をする奏人が見れることがうれしかった。 好きな人の一部で口をいっぱいに出来るなんて、私にとってはまるで贅沢なご褒美。 奏人は「犬みたい」と嗤うけれど、私はそれで構わない。 こんなに幸せな犬はきっと他にいない。 餌は不定期だし、ご主人様は他の犬も可愛がっているけれど。
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