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大学三年生のクリスマスイブ。
冴月くんの家でパーティーを終え、花梨ちゃんとたぁくんが出掛け、二人きりになったリビングで。
花の香りのするピンクのスパークリングワインをノンアルコールだと思い込んで一気に飲み干し、へろへろになってしまっていた私には、あのときのことは朧気にしか思い出せない。
鳶色の瞳に私が映っていることに気づいたのと、唇の先が離れたのは、ほとんど同時だった。
おそらくあれは、お互いの唇の先と先が一瞬触れるだけの淡いキス。
もしかしたら触れてすらいなかったのかもしれない。
それくらい朧げな記憶。
息がかかるくらい、顔が近くにあったことだけは覚えている。
――あ、クリームついてる。
真っ赤な顔をしている冴月くんの顎に、クリスマスケーキのクリームを見つけた。
指先できゅっと拭い、ブッシュドノエルはおいしかったな。だけど、いったいどうしたら顎にクリームがつくんだろう、とスパークリングワインに浸かった頭で考えた。
――外山くんは、意外に子どもっぽいところがあるよね。
その言葉に傷ついたのか、冴月くんは大きな躰を丸めてソファーにごろんと横たわった。
その姿はやはり大型犬のようで、「後で起こすよ」とブランケットをかけると、冴月くんは静かに眠った。
翌日になってからあのキスを思い出したけれど、あれはすべて私の夢だったのかもしれない、もしくは事故のようなキスだったのかもしれない、と胸の奥に記憶を仕舞った。
下手に冴月くんに聞いたりして、関係をおかしくするのも嫌だった。
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