一段飛びで会いに来て

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ただ言われたままの言葉をなぞりながらワンピースの裾を下げ、さっと整えた。 そうか。奏人は痴女とつき合う趣味はないのか。 「……つき合う、って」 問いかけには答えず、奏人は躰を屈めて転がっているピンヒールに手をのばした。 まるで繊細な飴細工に触れるように、ピンクベージュのピンヒールを両手で支える。 上目遣いで、じっと見つめられた。 「早く」 「え……」 「早く、履いて」 「あ、ありがとう……」 細い爪先にまだおぼつかない右足を入れ、左足を入れ、背筋をくっと伸ばした。 少しだけ奏人の高さに近づく。 その甘い香りにくらくらしながら、心臓の音を隠すように声を張った。 「わ、私……奏人と話したいことがいっぱいあって」 「うん」 「嫌なら、いいんだけど……聞きたいことも、聞いて欲しいこともいっぱいあって」 「うん」 「めんどくせぇかもしれないけど、いっぱい、あって」 長い指が、すっと伸ばされた。 くるくると私の髪を巻き付け、遊ぶ指先。 躰じゅうが、うんと幸せに染まる。 神様はこの指先を私のためにつくってくれたのかもしれない。 指先は髪から頬へ、頬から目尻へとのばされた。 「いつも泣いてる」 「だって」 「本当に、理香ちゃんは……」 血色のいい唇が、ふっと微笑んだ。 そのきれいな微笑みに、私は胸を一段と高鳴らせ、そっと撫でおろした。 よかった。奏人に殺してもらっていないで。 たぶん私が死ぬには、まだ早い。 「早く」 私に背を向け、奏人は言った。 きれいな微笑みはほんの一瞬しか見せてもらえなかった。 「早くって……」 「話すこと、たくさんあるんじゃないの」 そう言い捨て、足早に階段を上がっていく奏人。 どこまでも格好悪い私は、よたよたと追いかける。 手をのばせば触れられそうで、けれど触れられなくて。 もどかしい距離に耐えきれず、大きく脚を上げて一段飛ばしした。 ワンピースをひらめかせ、シャンパンカラーを揺らして。 私はあなたに、一段飛びで会いに行く。 ―― 了 ――
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