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──部屋を訪れた際、フードとマスクで顔を覆っていたにも関わらず、自分が誰なのかを彼女に気づかれたことに、多々良は少なからず驚いていた。
鮫島の奴は、微塵も気づかなかったのに……。それが、愛ゆえだとでも言うのか……。
人殺しを犯し悪鬼と化した、あの頃とは変わってしまった俺のことを、彼女は愛しているからわかるとでも……。
鮫島を殺した血濡れのナイフを手に、じりじりと由実ににじり寄りながらも、多々良は迷っていた。
俺は、まだ由実のことを愛しているのかもしれないと……。
だが────、
「……だ、だって、愛していたんでしょう……私を……」
命乞いをする由実の口から漏れた言葉に、多々良は血が滲むほどギチギチと唇を噛み締めずにはいられなかった。
愛していた……だと!?
俺は、今もおまえを愛しているのに! おまえにとっては、俺はもう過去のことで、今は鮫島を愛しているとでも!!
「──だったら殺した後に、死姦でもして愛してやろうか?」
もはや絶望に打ちひしがれた多々良は、まるであの長沼の歪んだ思考を彷彿とさせるかのような罵倒の言葉を由実へと吐きかけ、そうして何度も何度もその身体へ憎しみの刃を降り下ろしたのだった──。
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